2017年9月21日木曜日

J庭準備/タキシードの着崩し研究中☆

10月のイベント参加

10月は10/1のJ.GARDEN(配置No. ね18b)、10/15のMovies Paradise(配置No. D39)に参加予定です。で、現在J庭に向けて準備中であります。両方イベント合わせの新刊はありませんが、夏のコミティア新刊だった『洋画レビュー約20連発』が初売りになります。恒例のイアンシリーズ短編無料配布も行いますので、よろしくお願いいたします。(あ、もちろん有料の本編も持っていきます!(笑))

毎回恒例の「帰っちゃうの?ポスター」も参加予定で、現在そのイラストを描いております。今回はお題が「タキシード」。ちょうど『ネガティヴ・ケイパビリティ』にタキシードのシーンがあるので、そのイメージで描いてみることにしました。ついでにそれを表紙にして、こちらもなんとなく(J庭合わせの新刊がないときの)恒例になっている、「カラー表紙で4~8ページの無料ペーパー」を作れたらなー、と思っております。

タキシードの着崩し

シーンはイアンが元彼と暮らしていた頃の回想で、深夜にパーティーから帰ってきたところでタキシードを着ているのですが……じつは書いていたときから「着崩している」イメージだったので、カマーバンド(ハラマキみたいなやつですね)でびしっとしているとイメージが違うんです……!フツーのタキシードさえよく知らないっつーのに、なんか難易度上げちゃったなあ……(^^;)と後悔しつつ、「tuxedo、jeans、dress down」あたりで検索しまくって、写真やら情報やらをネットでしこたま集めてにわか勉強してみました。

こちらは正統派カマーバンドの起源。英領インドなんですね。知らなかった―☆

…下の記事ではこんなことが書かれてます。
「ある時期みんなタキシードジャケットをジーンズやTシャツで着崩すのがクールだと考えて、クラブだけでなく授賞式(サンプル写真は俳優さんらしい)でもやった。でもまたたく間に古臭くなり、今じゃタキシードジャケットをカジュアルに着るのはダサい。代わりにカジュアルジャケットそのものを着よう」…それがもう2013年の記事なのです。


(タイトルはズバリ『今ではダサい「タイムレス」な10のトレンド』。Vネックのセーターとか自分の中では「イアン的なアイテム」なんですが~(笑))


…まあ小説のあのシーン自体が何年か前の回想なのでちょうどいいかも?ということでやはりその線でいくことにしました。(「ちょっと前のファッションでダサめ」という匙加減もイアンには合ってる気はするんですが……(笑))

これも2013年の記事ですが、タキシードの着こなしいろいろ。写真が楽しめます。

イアンにはベルトをさせたかったので(これも正式な場合はサスペンダー。Wikiによると最近はベルトが一般的だそうです)、ジーンズやベルトのキーワードを入れて集めた写真を参照しつつ、彼が着そうな感じを模索しているのですが……うーん、難しいですね。カマーバンドなしでタキシードって認識していただけるかどうか……。単に「こいつ(描いた奴)タキシードの着方を知らんな?」とほくそ笑まれるだけの絵になりそうな気も☆(^^;)

でも、イアンにカマーバンドはあまりに似合わない気がするので(笑)、なんとか着崩し路線でやってみようと思います。…もう一つの問題は、つらい思い出のシーンなので表情が暗くなっちゃうこと……たぶん「タキシード」というお題からはコトホギ感を共通認識として持つはずだと思うのですが……ううう、いつもながらテーマの解釈がちょっと斜めな感じのポスターになりそうです。でも描くのは楽しいです!(笑)

今試行錯誤しているので、ちょっと経過を。

最初のラフに色を載せてみたもの。じつは違うポーズで描いた絵の顔が気に入ったのではめ込みました。ポーズや重心がへんな気がするのと、女顔すぎるかなー……という感じがして修正することに。

結局全身描かないとバランスがわからない(^^;)ので、縮小して全身像で修正。こういうことできるのがデジタルはありがたいです。顔とインナーも変更。

表情がわかる程度に切り取って拡大。

カラーリングのテスト。やっぱりワイシャツのほうがいい気もするなあ……と試行錯誤継続中です。いやいや、この過程が楽しいのです。(笑)

今回は比較的早めにイラストに手を付け始めたので、試行錯誤の時間があって嬉しいです。……コマ切れ時間で手を入れてるのでなかなか進みませんが、かっこよさげなイアンにしたいので、頑張りますです☆ 


*      *      *

別件ですが、先日ちらりと触れた"Queers"について、別ブログにご紹介記事をアップしました。すごくよかったので、よかったら合わせてご覧くださいませ。





2017年8月24日木曜日

コミティアご報告とばかうけ交換会(?)

終了後バテてしまいご報告が遅れましたが、8/20は創作同人誌イベントコミティアに参加させていただきました。スペースにお立ち寄りくださった皆様、ありがとうございました!創作オンリーなので、オリジナル小説と評論本を持参しました。

今回はコミケの翌週ですし、ご参加の方は少ないのでは……と正直思っていました。が、配置が入口すぐのお誕生日席と恵まれていたせいか、本は少数ずつながら新旧取り混ぜて身請けしていただけました。(日頃零細なうちのコミティア参加としては新記録レベルです。ほんとにありがとうございました。本を楽しんでいただけていますように!)

持参した本全種を大人買いしてくださった方や、別のイベントで無料配布したイアンシリーズ短編をお気に召してくださって本編をご購入くださった方もあり、とても嬉しかったです。表紙絵もほめていただいて……こちらもとても嬉しかったです。

新刊は創作でなく洋画レビュー集でしたが、大好きなテッド・チャンさん原作の『メッセージ』を特集しました。こちらも思ったよりお手にとっていただけて、映画についてもお話できたりして楽しかったです。(リアルの身辺に見た人がいないものですから余計に☆)

ただ、さっそくミスを発見してしまい…。(苦)
中で触れた「ゼロサムゲーム」は「ノン(非)ゼロサムゲーム」でしたね。
途中気づいたのですが編集が突貫工事で、あわてて直し損ねたまま
刷ってしまいました。失礼いたしました。
他もチェックして次回販売から正誤表をいれようと思います。

特集に因んで、新刊以外でもお買い上げ下さった方に「ばかうけ」を配らせていただきました。(『メッセージ』の公開時、「異星人の宇宙船がばかうけに似ている」と話題になっていたのでシャレで。ピンとこなかった方すみません(笑))こういうネタで盛り上がるような映画ではまったくないですが、新刊の半分近くがこの特集というハナイキの荒さと、わりとマジ語りしてしまってるのが読み直すと面映ゆく、毒消し(?)の意味もあって配らせていただきました。ですがななんと!差し入れで種類の違うばかうけをいただきまして、予期せぬ「ばかうけ交換会」(?)になりました!嬉しかったです~♪

コレを持っていきました。味は最近見つけた歌舞伎揚げ風。
オリジナル(クラシック?(笑))以外にもいろんな味があるんですね。

並べてみると確かに。

そんなわけで、いただいたご感想が次回作制作の励みになり、その他いろんな話題でいろんな方とお話できたのも刺激になり、適度にまったりしていながら充実したイベントでした。前にも書いたかもしれませんが、「昔のコミケ」みたいな雰囲気がありますね。なんとなく安心するムードです。昔参加してからブランクが長かったのですが、これからもときどき参加していけるよう、オリジナル作品をもっと頑張りたいと思いました。

さて、ビッグサイトの帰りは、いつもTFTビルのチャオでパスタを食べるのを楽しみにしてます。が、今回はお昼に食べたサンドイッチでは物足りなくて、開催中に会場で売ってた「オム焼きそば」を食べました。具のないソース焼きそばに卵を焼いたのが乗って600円……(まあお祭価格だからね!)でも帰りにチャオに行ったらもう閉まっていたので、食べておいて正解でした。たぶんその日の見込み動員数とか人が引ける時間帯とかで変わるんでしょうね。開いてない飲食店は多かったです。イベントは他にも鉄道模型とか面白そうなのをやってたんですけど、確かに夕方はもう人が少なかったし。

それと、「やっぱり虫の知らせだったのかしらん?→オム焼きそば」と思うくらい、帰りの宅配列がしんどかったです。ひどい空腹状態でなかったのはせめてもの救いでした。コミティア開催中は会場にエアコンが入るので、コミケと比べるとかなり楽で「これなら楽勝♪」と思ってたんですが、前回に続き最後に体力持ってかれました。炎天下ではなかったんですが、それでも箱を運びながら蒸し暑い中で長く並んだせいか、軽く熱中症になっていたようで。頭痛や「雪目」みたいな感じがまだ取れません。(睡眠負債がたまってるせいもあるかもですが、先週はここまでひどくなかった!)これからは並ぶ前に水分補給とか備えておいた方がいいかもしれない……と思いました。いったん並んでしまうと買いに行けないですもんね。もうしばらく徐行運転ペースでいきながら、調子を取り戻そうと思います。暑さには極端に弱いので、早く涼しくなってほしいです~。

…さて、余談ですが、最近マーク・ゲイティス兄が脚本・キュレーターとして関わった "Queers"というBBCの番組の本が出まして、イベント前に兄上がサイン本の宣伝ツイートを流していたので、会場で店番しながらkindle版のサンプルを読みました。内容は、今年がイギリスで同性愛行為合法化から50周年なのを記念したモノローグ形式のオムニバスです。兄による前書きがすごく良くて、つられてそのまま購入してしまい、今兄の作品ともう一つを読み終えたところです。1つ1つが短くて手をつけやすく、中身やコンセプトもすごく気に入りました。金欠中の衝動買い(笑)でしたが、後悔なしです。機会ができたら改めてご紹介しますね。(資料として読んでるので、kindle booksのほうのブログになるかもしれません)

*      *      *

今回の新刊を含めた通販は、自サイトで承っております。(PCサイトなので、もし支障がありましたらメールやpixivメッセージ、ツイッターなどでお問合せください)

※前回のコミティアで再販した『恐怖!脳人形の館』と前回の新刊『洋画レビュー約40連発』は今回で在庫がなくなりました。ありがとうございました。通販での受注生産は継続中ですが、イベントでの販売はなくなります。

『脳人形』はkindle版も出ていますので、よかったらご利用ください。
(同人誌版から細かい挿絵やおまけのギャグ漫画を省いていますが、プライムのライブラリーや読み放題サービスにも対応しております)

2017年8月18日金曜日

コミティア参加予定

またまた直前のお知らせですが、週末8/20開催の同人誌イベント、コミティアに出展します。創作オンリーなので、オリジナル小説と評論系の本を持参します。

配置:う01a SUSSANRAP(サッサンラップ)

新刊は洋画レビュー本二冊目、特集は『メッセージ』です。コピー誌でこれから仕上げですが、プリンターが壊れなければ持参できると思います。(笑)イアンシリーズお試し短編の無料配布も継続します。

表紙はまだ少しいじるかもしれませんが、だいたいこんな感じです。

【8/20追記・↓色合い・目次含めちょっと変わりました】


前回のが「約40連発」だったのに比べると半分なんですが、おもに特集のため総ページ数は前より増えてしまいました。さっき校正がてら喫茶店で読んできたんですが、けっこう読みでのあるボリュームでございます。

特集ページは小説からの脚色についてのブログ記事をアレンジしていますが、表紙に刷り込んだ見出しの通り、たぶん六~七割くらい書下ろしになっていると思います。ブログで書けなかったことを含めていろいろ考察(?)しているので(ホントにいろいろ考えたくなる映画ですよね)、よかったらお手に取ってやってください。後半は以前と同じくブログ記事の再掲で、ほんの少し紙用に整理しております。収録した作品はこちら。

『愛されちゃってマフィア』(1988)再見
『モーガン プロトタイプ L-9』(2016)
『アラン・ドロンのデーモン・ワールド』(1986)
『バレエ・リュス 踊る歓び、生きる歓び』(2005)
『素敵な相棒~フランクじいさんとロボットヘルパー~』(2012)
『ジェーン・エア』(2011)
『サブウェイ・パニック』(1974)❤
ナショナル・シアター・ライヴ『コリオレイナス』(2014)
『ボーイ・ミーツ・ラブ』(2004)
『ロンドン・ヒート』(2012)
『レジェンド・オブ・エジプト』(1999)
『アイアン・スカイ』(2012)
『007/リビング・デイライツ』(1987)
『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離(ディスタンス)』(1995)
『007/消されたライセンス』(1989)
『眼下の敵』(1957)
『鷲は舞いおりた』(1976)
『トラウマ』(2004)
『スタートレック・イントゥ・ダークネス』(2013)
『幻影師アイゼンハイム』(2006)
『フランケンシュタインの花嫁』(1935)

…配置が入口に近く、超零細なのになぜかお誕生日席をいただいたので(^^;)、わりとわかりやすいと思います。たぶんこんなポスターを掲げております。


他にこのへんもちょっぴり持っていきます。


新刊の特集に合わせて「ばかうけ」などおやつに持っていこうと思います~(笑)ぜひぜひお立ち寄りくださいませ❤ よろしくお願いします!

2017年8月11日金曜日

『手紙は憶えている』と「老人」がアクティブな映画などアレコレ



先日、念願だった『手紙は憶えている』をレンタルDVDで鑑賞しました。劇場公開時の広告で気になっていたんですが、見に行けなかった一本。大好きなクリストファー・プラマー様主演、共演は先日亡くなったマーティン・ランドーです。この顔ぶれだけでも見たくなりますが、内容がまた独特で、進行中の認知症をサスペンス要素として使い、かつてアウシュビッツで家族を殺されたユダヤ人が、アメリカに潜伏している元ナチスに復讐しようとする、というもの。原題は"Remember"。(「思い出す」…むしろ命令形で「思い出せ」でしょうか)

プラマー演じるゼヴ・グットマンは老人ホームに入っている老人。妻を亡くしたばかりで認知症の進行に拍車がかかっています。眠って起きるたびに記憶がなくなっていて、妻を死んだことを忘れ彼女を探すところから始めなくてはなりません。ランドー演じるマックスは老人ホームの仲間で車椅子生活。ゼヴと共にアウシュビッツの生存者で、かつてのアウシュビッツの責任者が身分を偽ってアメリカに逃れ、存命中だと知ります。歩けない彼は、ゼヴにやるべきことを順番に、詳細に書いた手紙(コレを読むことさえ忘れるので、ゼヴは自分の腕に「手紙を読むこと」と書き付ける)と金を持たせ、復讐殺人の旅へと送り出しますが――。

…少しだけ恨み言を書きますと、日本版の宣伝の力点が……(^^;)。このせいで大切なところが見る前にある程度予想がついてしまいました。というわけで「ネタバレ」にあたる部分はたぶん予想がつく方も多いと思うのですが、あまりそこにこだわらずに見たい映画でした。というのは、それを踏まえて経過を見てもほんとにいろいろ考えさせられる、よくできたお話なので。現代のナチ信奉者というのも出てくるのですが、興味あるところでした。恐ろしかった……。

プラマー様がひたすら非力な老人を演じているのも時の流れを感じさせます。なんとなく続けて手持ちの『ドラキュリア』を見て口直し(?)してしまいました。演技なのはわかってるんですけどリアルで、内容含めて胸が締め付けられました。でもあの若い頃のイメージ、あの押し出しの立派さのイメージがあるプラマー様をこのキャストに当てたところも成功していると思います。ほかに元ナチス役でブルーノ・ガンツ(『ベルリン天使の詩』)やユルゲン・プロホノフ(『U-ボート』)など、懐かしいドイツ人俳優さんも出ていました。

そしてマーティン・ランドー。先日亡くなったときはこちらにはお悔やみを書けませんでしたが、このマックス役も心に残る役でした。あのハンサムだけどちょっと怖いような風貌、『スパイ大作戦』で記憶してらっしゃる方は多いと思います。SFドラマの『スペース1999』、ホラー俳優ベラ・ルゴシを演じた『エド・ウッド』など、以前はまった時に少しだけ出演作を漁りました。とはいえほとんどレンタルで見たので、今見返せるのは白黒のテレビシリーズ『ミステリーゾーン』くらいです。(『運という名の男』というエピソードで、すごく若い頃の姿を見られます)

…マックス役では白髪でめがねをかけ、鼻の下にチューブを当てた病人の姿なのでまた印象が違いましたが、晩年は闘病なさっていたそうなので、私生活でもあんな状況はあったのかもしれません。ご冥福をお祈りいたします。

ちょっと思い出したのですが、認知症をサスペンス要因に使う映画として印象的だったものに、パトリック・スチュワート主演の"Safe House"という作品がありました。たしか主人公は元スパイ組織か何かで働いていた人で、体力や知能はたぶん未だに人並み以上なのですが、認知症の症状に悩まされています。そして自分の過去ゆえに命を狙われることを恐れて、厳重なセキュリティを施した家で独り暮らしをしている、という設定です。こちらはスチュワートがまだ比較的若く、トレードマークのスキンヘッドがむしろセクシーに映るくらいで(サービスとして長々とシャワーシーンがあるくらいの肉体美!(笑))、アクションもこなす映画なので、哀れさよりサスペンス要素が勝っていました。(当時スチュワートのファンだったので輸入VHSで見たのですが、作品としては小粒なアクション映画の範疇を出ないかもしれません。でもほんとに、ファンの目には垂涎ものだったのです~(^^;))

「国外に逃れた元ナチス」という題材では、ちょっと前に『ブラジルから来た少年』の再見感想も書きましたが、イアン・マッケランがその元ナチスを演じた『ゴールデンボーイ』という秀作もありましたね。こちらもおすすめな一本なので、感想にリンクしておきます。
「気をつけろ坊や。これは危険な遊びだ」(『ゴールデンボーイ』(1998)再見)

ちょうど今、「ちょびちょび読み本」――「一冊読了してから次」という読み方ができなくなってきたので、開き直ってその日の気分で読みかじっています(笑)――の中に両大戦周辺のものが増えていて、作品準備も兼ねてはいますが、このあたりの歴史に興味が出ているところです。ちょうど世の中全体も二次大戦絡みの回想をする時期で、現在の情勢も不安定だったりして、過去の大戦周辺の歴史がよく取り上げられていますね。そんな中で見たこの『手紙は憶えている』、ネタバレを避けると書けないのですが、いろんな切り口で感じるものがありました。

…戦争がらみは別にして、こういうアプローチ――認知症含めて「老人」をアクティブな(必ずしも肉体的にという意味でなく)素材として扱うもの――は、洋画ではけっこう増えきましたね。クリストファー・プラマー様を気にしてるせいかもしれませんが……(シャーリー・マクレーンとはその手の映画で二回共演していますね。その一方、『あの日の指輪を待つ君へ』での、思いを内に秘めた元軍人役もすてきでした♪)日本は老いや認知症をドライに扱う文化ではないのですが、高齢キャラクターが主演の『やすらぎの郷』のようなものも出てきましたし、お涙系以外の、「アタリマエの」状況を反映したエンタメは少しずつ増えてくるのでは。魅力的な俳優さんたちが高齢になっていき、観客もいっしょに年をとっていくわけですもんね。
(…なぜか今ぱっと思い出したのは『老人Z』というアニメの怪作(?)です。あれっくらいぶっちぎれたのがあってもいいのに、とも思いますが、今の世相では逆に難しいかも?)

また話が広がりすぎて収集がつかなくなりました。失礼しました☆(^^;)



[追記]
以前英語の映画スクリプトがたくさん公開されているサイトを発見しまして、そこで「プラマー様の新作♪」というだけのミーハーな動機でダウンロードしていたのがじつはコレでした。ネタバレを読みたくなかったのもあり手をつけないままでしたが、改めてこれと共に、もし原作があるのならちょっと読んでみたい気がします。舞台劇にできそうな構成なので、元が舞台の可能性もあるかも?(未確認です)

スクリプトをゲットしたのはこのサイトからです。いろんな作品の台本が読めます。
Movie Scripts and Screenplays
ソフトから書き出したトランスクリプトではなく、本物の台本(形式などからそう思われる)のPDFでした。

2017年7月29日土曜日

『メッセージ』: 原作者テッド・チャンが語る小説から映画へのプロセス(リンクと拙訳)

映画『メッセ―ジ』鑑賞後に渉猟した英語圏でのテッド・チャン氏の映画関連インタビューから、特に興味深かった1本をご紹介します。脚色の経緯は脚本家さん自身が初期からネットで書いてはおられたんですが、チャン氏の目にどう映ったのか、PDF台本へのリンク、チャン氏のおすすめSF作品の紹介なども入っていて、短いですが貴重なインタビューだと思います。映画のネタバレにはなっていませんので、未見の方も安心してご覧ください。(※アカデミー賞授賞式より前に公開されたインタビューです)

SYFY WIRE -  Arrival: AUTHOR TED CHIANG REVEALS HOW ARRIVAL WENT FROM PAGE TO SCREEN

以下拙訳になります。[ ]でくくった部分は訳者による補足です。
(ファンが勝手に訳したものですので、今後削除する可能性もあります。ご了承ください)


*      *      *


もしあなたが現代SF文学の通ならば、テッド・チャンの名前はもちろんご存知だろう。 『メッセージ』を観た方には、チャンの名前は映画の原作である短編小説『あなたの人生の物語』の作者としてピンとくるかもしれない。 この小説はチャンに2000年のネビュラ賞をもたらし、その他の作品も、いくつものヒューゴー賞やローカス賞を彼に獲得させてきた。

『メッセージ』の商業面・批評面での成功は、この作品をいわゆるSF映画としては稀なものにした。主要な映画賞のシーズンに注目を浴び、ついにはアカデミー賞8部門でのノミネートとなっている。 通常この手のジャンル映画は映画賞では避けられるものだ。しかし脚本家のエリック・ハイセラーと監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、みごとに旧弊を打破した。私たちは、現在デジタルHDとブルーレイ、DVDになっているこの映画について、脚色のプロセスがチャン氏にとってどのようなものであったか、自身の作品のハリウッドバージョンに対する思い、そして『メッセージ』の成功からどんなことが起こるのを望んでいるかを聞いた。



あなたは1990年以来作品を発表してきています。ハリウッドがようやく今になってあなたの作品の映画化権を求めてきたのは驚きでしたか?

実際のところを言うと、僕は自分の作品がハリウッド映画用に脚色したいと思われるたぐいのものだとはまったく思っていませんでした。 僕の作品のほとんどはかなり内面的なものです。 出来事の多くは誰かの頭のなかで起こります。 自分の作品が映画に適していると思ったことは一度もありませんでしたし、特に『あなたの人生の物語』にそういう可能性があるとは思えませんでした。

映画の世界や脚本の執筆方法は、あなたの執筆方法とはかなり異なっていますね。作品の脚色を許可するにあたって不安があったのではないでしょうか?

ええ、まったくその通りです。 最初にアプローチを受けたのは、21 Lapsのダン・コーヘンとダン・レヴィンからでした。 彼らはエリック・ハイセラーからアプローチを受けていて、元々は彼が僕の作品の脚色案を持ち込んだのです。 彼らはハイセラーが持ってきたアイデアを気に入って、僕に連絡をとってきました。 僕は単純に好奇心をそそられました。というのは、彼らは選択肢としてありそうもない作品を選んでいたので、どんなものを考えているのかとても興味が湧いたんです。 彼らは監督としてふさわしいだろうと考えた人物の作品のDVDを僕に送ってきました。それは"Incendies"[邦題『灼熱の魂』(2010)]で、ドゥニ・ヴィルヌーヴの初期の作品の一つでした。 それを見たとき、彼らがやろうとしていることを示すものとして、この選択は非常に興味深いと思いました。 もし彼らが『トランスフォーマー』を送ってきていたら、たぶんそれ以上話を進めることはなかったと思います。 その時点ではまだヴィルヌーヴに話を取り付けていませんでしたが、彼らは興味深い選択肢だと考えていました。そしてそのことが、自分が彼らに機会を与えることに前向きになるうえで大きな役割を果たしました。 そして2、3年後に彼らはヴィルヌーヴをチームに加えることができました。

多くの場合、作家の作品の映画化権が獲得されると、それでおしまいです。もう誰もあなたに話をせず、彼らは自分たちが作りたいものを作ります。 エリック・ハイセラーとあなたとの場合はどうでしたか?

たくさん話し合ったわけではありませんが、 たしかにときどき電子メールはやりとりしました。 彼はどう脚色するかについてしっかりとビジョンを持っていて、初期の段階でアプローチを考え出しました。すべて彼1人でです。彼は脚本の初稿をスペック[依頼された仕事ではなく自主的に書くこと]で書いていました。つまり無報酬のまま自ら進んで書いていたんです。彼ら[21 Laps]は最初に僕にアプローチをしてきた時、提示する資金を持っていませんでした。彼らは契約料金がなく、コミットメント契約もないショッピング・アグリーメント[映画化プロジェクトをスタジオ等に売り込む権利を与える契約。ただし原作の著作権は引き続き著作権保有者にあり、プロジェクトが売れた場合の権利に関するスタジオ等との交渉も著作権保有者との間で行われる。一般的なオプション・アグリーメントより著作権者の自由と権利が守られる]を望んでいました。エリックが脚本を書くことができたのは、まさにそのためです。彼が自ら進んでスペックで書いたという事実、彼がそれに膨大な時間をつぎ込んだということから、僕は彼に機会を与えようという気持ちになりました。彼は明らかにこのプロジェクトに全身全霊を傾けていましたから。彼は契約を検討していた時期にアイデアのピッチをしに来て、頭の中に思い描いていた映画を僕に説明しました。そして僕は、彼のアイデアを気に入ったわけです。

その時のピッチと、最終的に映画として完成したものはどれくらい違いましたか?

脚本には、たしかに進行途中で生じた変更があります。 パラマウントは台本のファイナル・ドラフトを公開しました。公開ページ初期の草稿はいろいろ違うところがあります。そしてファイナル・ドラフトと映画それ自体を比べてみても、いくつか違いがあるのがわかるでしょう。 でも僕は彼の最初のピッチが物語の感情面の核心を捉えていると感じましたし、それは完成した映画に至るまでずっと保たれたと思います。

ルイーズ・バンクス博士のキャラクターと彼女の語りは、あなたの短編小説の感情面の柱になっています。 彼らは彼女のものの見方・感じ方を映画に移し替えたわけですが、その方法には満足しましたか?

エイミー・アダムスの演技にはまったく感服しました。台本を読んでも、これが映画の中で実際どんなふうに演じられるかは想像できないんです。ルイーズが持つすべての側面について、彼女の演技は説得力があると思います。

あなたが創造したヘプタポッドは、映画の中で視覚的な説得力を持っていました。しかし原作者としてあなたが想像したものと完全に一致していましたか?

ヘプタポッド自体のデザインに関しては、映画のヘプタポッドは僕が小説の中で書いたものと完全に同じではありません。しかしあの造形にはとても満足しています。僕が自分の作品のエイリアンを設定した時、基本的な目標の一つは、人間とはまったくかけ離れた外見にしたいということでした。通常僕らが目にするエイリアンは、映画では必ず、それだけでなく多くのSF小説でも、二本の腕を持ち、二本の脚があり、一つの頭に複数の目と一つの口がついているものです。僕はエイリアンを放射相称[クラゲのように中心軸に対して対称面が多数あること]で、顔とみなせる部分がないものにしたかったんです。 彼らが作り上げたエイリアンは放射相称で顔はありませんから、彼らのエイリアンは僕が自分のエイリアンでやりたかったことを実現しています。

『メッセージ』は当初から「知的なSF映画」と言われてきました。それはあなたがプロフェッショナル・ライターとしてしていることで、あなたは知的なサイエンス・フィクションの物語を作っています。 『メッセージ』の成功から、より多くの人が再び知性的なサイエンス・フィクションを読むようになることを願っていますか? 

何よりも望むことがあるとしたら、この映画がサイエンス・フィクションについて多くの人が持っている概念を変えてくれることでしょう。SFをよく読む人やSFファン以外にとって、サイエンス・フィクションとはハリウッドが発信しているものです。つまり特殊効果のことであり、巨大な爆発や善と悪の戦いであり、ヒーローと悪者が崖っぷちで殴り合うことです。でもサイエンス・フィクションには、その核心ではそういった要素はまったくありません。SFとは何かということについて、『メッセージ』が多くの人の考えを変えてくれることを望んでいます。 それがSF映画に何を期待するかであれ、小説の形で書かれたSFをどう考えるかであれ、『メッセージ』をきっかけにして、サイエンス・フィクションがただのポップコーン・ムービーのようなものではなく、もっと真剣なものとみなされるようになってくれたらと思います。これはポップコーン・ムービー好きとしての意見ですが。

あなたがもっと多くの人に読まれるべきだと思う、おすすめのSF作家を挙げてもらえますか? 

僕がいつも薦めているSF作家の1人はグレッグ・イーガンです。彼の哲学的な問題のドラマタイズの仕方が好きで、僕自身個人的に大ファンです。彼は短編集を出していて、1つは"Axiomatic"、それから"Luminous"です。彼は知的側面に関して厳格です。

テレビのSF番組はどうですか? その分野で見る価値があるものはありますか?

何年か前に、初めて"Black Mirror"を観ました。Netflixで公開される前です。当時、アメリカで見られたらいいのにと思いました。これはテクノロジーが僕たちの生活にどう影響するかを実際的に描いていて、とても楽しめました。ほとんどのテレビのSF番組は続き物で、「今週のモンスター」か「今週の事件」というものですが、" Black Mirror"はそれとはまったく違うところが好きでした。とても斬新でした。


*      *      *


映画契約関連の用語は以下のページを参照させていただきました。ご興味のある方はどうぞ。(蛇足ながら……インタビューの文中では長くなるので解説を省きましたが、日本と異なり作家さんはエージェンシーに属しています。ですので、もちろんショッピング・アグリーメントでも個人がスタジオと交渉をするわけではないと思います。念のため☆)

spec script

shopping agreement

option(film making)


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毎度のお知らせですが、以下のページにテッド・チャン氏の作品や活動に関する情報をマイペースで保存しております。(^^)
テッド・チャン情報メモ
公式サイトがないのでネットで拾った情報などを個人的に放り込んでいただけですが、はや十年目になりました。映画からファンになられた方など、ご興味のある方には楽しんでいただけるかもしれません。よかったらどうぞ。(※PC用サイトです)


2017年7月23日日曜日

…おつかれさまでした!/SHERLOCK『最後の問題』感想

昨夜は起きていられなかったので、録画をまた原語+字幕で見たところで感想メモです。また一回視聴なので記憶違いがありましたらご容赦くださいマセ。

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いやー、おつかれさま……としか言いようがないというか。(^^;)やっと終われる、という感じでしょうか。ほんとにおつかれさまでした。前回の心配そのまんま親族話・内臓話全開で――痛々しさを感じるレベルで「ご苦労されたんだろうなあ」という感じでした。絡めていた「外側の」事件は結局ユーラスの一種のマインドパレスみたいなものだったんですもんね。全体の印象は手間をかけた二次創作(もともと原作ホームズの二次ですが、その意味ではなく「SHERLOCKの」セルフ二次創作)、という感じでした。この印象はシーズン3あたりから濃厚になって、『忌まわしき花嫁』でまったくそうだと感じたんですが、そのまま終わってしまいました。

じつは途中で飽きてしまって(ごめんなさい(^^;))……シーズン1の第2話とは別の意味で。作りが「閉じ込められた若者のグループがゲームにのっとって次々殺されていく」系のホラーと似たものでしたでしょう……個人的に、このパターン楽しめないほうなんです。それと、これは勝手な解釈をしたためですが、「外側の」飛行機の女の子のシークエンスが、「運転手」とか乗った場所の言い方などから、本物の飛行機ではなくディズニーランド的な大掛かりなアトラクションに見えてたんです。(ただ、一緒に乗っている乗客がみんな眠っていて外に出られない恐怖は子供にとって本物だし、本当に飛行機に乗ってると思っていて、混乱しているからうまく説明できてないんだと思ってたんですね。外の風景もアトラクションだと思ってました~)

で、そこの緊迫感がゼロになってしまったためにカウントダウン感も味わい損ね、前回書いた通り内臓話(または「ゴムのアヒル」。子供の頃にこういうことがあったからこうなったんだ、系の設定)……は、文字通り「設定」だから物語であまりメインの扱いになっていると冷めてしまう方なんです。それが今回キモでしたから、自分にとって見ていて許せる、効果的と感じる匙加減を越えていたんだと思います。加えて先ほど書いたように自分には楽しめないタイプのホラーパターンの踏襲だったので……うう、ごめんなさい。でも正直とてもしんどかったですぅ。(あ、『羊たちの沈黙』はきらいじゃないんですけど! ただ、ちょっと使い方がまんますぎたかなーと……(^^;))

個人的に一番残念なのは、これでモリアーティが矮小化されてしまったことでしょうか……魅力的な構図だったので。やはり「過去の感動のスポイル」のたぐいになってしまいました。兄、インタビューでは成功したゲストキャラを安直に再登場させちゃだめだって言ってたのに~。それを押してもアンドリュー・スコットの出番は作りたかったのか~っ!(笑) …冒頭のマイクロフトのホラー映画シークエンス(あのピエロもなんかに出てたやつですよね?)は、ホラー映画好きなゲイティス兄には撮影楽しかっただろうな~とかのんきに思ったんですが……視聴者としてはそういう問題ではないです。

正典ネタもいろいろ入っていましたが……ちょっと苦しくなってきたところで正典ネタを出してなんとか間を持たせていた、という感じがします。(なさけないことに、ファンはそれで一瞬「おっ」と思ってリフレッシュされるんですよ。うーん、手のひらで転がされる気分です(^^;))でもそれが有効なのは正典読んでる人だけなので、テレビとしてはそれではだめです。こういう「ファンくすぐり」みたいなところは入りすぎると自分の目には興ざめで、あくまで刺身のツマのサービスだと思うんです。はっきりとパロディにする場合は別にして、受け手に予備知識がないと楽しめない(引き合わせの楽しみしかない)部分が多い作品は創作物として格が低いと思っています。

…SHERLOCKのシーズン1がすごかったのは、原作をまったく知らなくても、原作を知っていても、両方が楽しめる作りだったこと。自分は正典ファンだったのでちょっと斜に構えて見始めましたが、完全に脱帽で、それを超えてワクワクして夢中になれました。それが今回は、正典ネタと過去の人気設定の再利用に「頼ってる」感じがしたんですね。あと、詰め込みすぎな感じもしました。終盤はもうバタバタとたたんでいく感じで。なんか劇場でお芝居を見ていて、まだ幕が下がってないのに大道具片付けられ始めたような感じがしました。(笑)

(あ、ただ、個人的なことですが、親友ヴィクター・トレヴァーの使い方はある意味ほっとしました。長年温めている正典パスティーシュとアイデアレベルでかぶることを心配していたので……。利己的でスイマセン。でも長年かけてるのにSHERLOCKとかぶってしまったら、もうお蔵にするしかないですもん!(^^;))

…ちょっと辛いこと書きすぎました。たぶん、もう一度見たらそう気にならないかもしれません。ただ、すぐにもう一回見返したいかというと……うーん、今はむしろ、シーズン1、2あたりの良かった回を見直したい気持ちです。

いつでもまた帰ってこられる形で(これはこうするしかないですね)、メアリーの感動的なナレーションでの幕引きも、ちょっと木に竹を接いだ感(「えっ、そんな話だったん…」)はありましたが、シーズン1第1話のレストレードが言ってた「Good one(いいやつ)」になれたシャーロック。その分キャラとしての魅力はある意味減じたんですが、彼を成長させていくというコンセプトでしたもんね。原作とは違うんだ……。同じ第1話の最後のマイクロフトの台詞も踏襲して、円環がきれいに閉じました。

…なんか違うものになっちゃったけど、こうなったのはたぶん人気が出すぎてやめられなかったためで、よくあること。恨み言を言うには過去に楽しませてもらいすぎた(そしてこれから先に続く別の楽しみも、大袈裟でなく人生の選択肢も広がった)ので感謝のほうが大きい、というのが正直なファンとしての気持ちです。シリーズもののケーススタディ(?)としても勉強になりました。

ほんとにおつかれさまでした。ありがとう!

(なんかフェアウェルしちゃいましたが兄上さま、もしこれから「探偵と医者が子育てしながら事件を解決する30分枠のシットコム」が始まるとしたら、いちおう試しに1話は見ますよ!でもそーいうのはファンフィクの楽しみにとっといてほしいかなっ(笑))

2017年7月21日金曜日

ジョン・ワトスンのオリジナリティ/SHERLOCK『臥せる探偵』感想

またぎりぎりですが(^^;)、三話を見る前に二話の感想のメモを。一度しか見てないのですが、今回は最初から原語+字幕で見ました。どうも台詞のリズムとかが原語のものが好きらしいです。あとで吹替版で映像重視の再見をしようと思っております。
そんなわけで記憶違いとかあるかもなのと、書き出しただけで整理してないので長いのと(矛盾したところがあったらスミマセン)、また原作含めてネタバレてんこ盛りですのでご了承くださいマセ。

*      *      *

今回はモファ様の脚本。冒頭からもってかれたのは、ジョンの幻視。この回は見ている側もジョンといっしょにメアリーの喪失をゆっくり受け入れていくようにしたい回だと思うんですが、こういう視覚的な方法があったか、と。(シーズン4はこの手の表現がたくさんありますね。視覚的に物語るのが。以前のマクギガン監督も映像は凝ってましたが、ちょっと違う語り口になっています。こういうのも好きです)そして「ああ、この人はこういう人だったよね」と改めて思い出しました。前話の最後で「おかしくなってた」ジョン、キャラをしっかり通させてるなあ、と改めて思いました。自分はシャーロックとジョン、という目線にどうしてもなりますが、メアリーにこんなにも救われていたんだ、と感じさせてくれました。普通でないジョンが、普通の人を演じられるくらい。

そして幻視に対する懺悔。「メアリーが考えるジョン」になりたかったという意味の台詞だったと思うんですが、泣きながら言うそれがとても印象的で……リアルで気持ちがすごくわかるし、自分にとってはこの回で一番の名シーンでした。それに対するメアリーの答えも秀逸でしたが、それ自体が「ジョンが考えるメアリー」の応答であるところが、この現代版のジョン・ワトスンが抱える闇を感じさせるシーンになっていると思いました。泣けるのと同時に、「どこかぞっとする」に近い感覚が起こりました。でも、この闇こそが現代版ジョンの魅力で、ある意味共感も呼ぶところだし、正典にはないオリジナリティだと思います。なによりマーティンの演技の貢献が大ですね。

トビー・ジョーンズはカルヴァートン・スミスだったんですね。そうか、タイトルからして『瀕死の探偵』ベースですもんね……(気づくの遅すぎ(笑))。この人の不気味さがすごく生きていて、ほんとに絵として怖かった。正直病室で具体的に殺人行為に及ぶところより、会議のシーンのほうが怖かったです。同調圧力と場を支配する権威者の力で、別に銃を突きつけられてるわけでもないのに「意に反する」行為を受け入れさせられる恐怖身近な恐怖ではないでしょうか? ブラックバイトも同じ構造だと思うし……日本では過労死問題の根と通じるもの。それがはっきり恐怖として描かれてました。身につまされすぎるシーンでした。

モリアーティやマグヌッセンと比べると深みに欠ける悪役ですが、最終的にシャーロックがジョンを救う――表裏一体でシャーロックの側がジョンを取り戻す、という意味のほうを大きく感じましたが――ためにあえて「地獄に落ちる」状態を作る目的で利用されたわけで、スミスのほうがシャーロックに目をつけて近づいたわけではないんですよね。悪人キャラとしての(シャーロックとのつながりの)浅薄さが、あとから考えると理にかなっていたんだな、と思いました。対象は誰でもいいんですもんね、この人は。俳優さんが大物なのでそれ以上を期待しちゃったんですが、あえて有名俳優の役を早めに殺したりするのと似た引っかけと思うと、シャーロックがあえて利用した、というところをうまく隠蔽していたなあ、と思います。(でも原作ベースで考えるとここはある意味忠実なんですね)

正典でも『瀕死の探偵』ではワトスンを呼び寄せるために死の病にかかってみせるホームズさん――いろいろ腐女子萌えのする台詞やらシチュエーションやら多い話です!(笑)――原作のほうはまた扱いが違いますが、今回本当にドラッグ中毒になってみせた――少なくともそう見えるシャーロック。原作並みに「じつは検査でドラッグ使用陽性と出るトリックを実現してました」、なんてことになったら……「ジョンを救う/取り戻すための命がけの行為」にケチがついてしまいますね。さすがに今回それはないと思いたいですが、「アイリーンが生きていた」ことでも充分「うわーん、過去の感動が台無しに!(涙)」という経験はしてるので(^^;)、いちおう何があってもおかしくないと覚悟をしておこうと思います。…この番組、特にこのシーズンは驚かそう、ひっかけよう、という方向のサービス(?)が細かく盛り込まれている印象がありますが、ものによってはサプライズというより「過去の感動のスポイル」になっちゃうので、やりすぎないでね……)

そして「きょうだい」。字幕が仮名だったのはこのためだったのかー…。あの「きょうだい」役の方、ジョンに色目を使った役とスミスの娘のふりをした役ではまるで違う人に見えました。みごとですねえ。(ほんとに別の人ではないですよね?)変装を明かすシーンで反射的に「女装」を期待していた私はやっぱり腐ってるなあ、と思いました。(期待しますよね?ね?(笑))うん、むしろ女装だったら手を叩いて面白がって済んだかもしれないんですが――もし本当に「きょうだい」だとしたら、ちょっと親族ネタに偏りすぎちゃう感じがして、正直心配になりました。(よけいなお世話)しかしクリフハンガーを毎回丁寧に入れますねえ……。

…親族ネタにいきすぎるのをあまり歓迎できないのは、以前別の作品…007の『スカイフォール』で、メインが「ジェームズ・ボンドの実家の秘密とボンド個人の過去」の話になっちゃってたのが、話がやせてしまってつまらなく感じた経験があったからです。それは「設定」であって「物語」ではないでしょ、という部分があまりにメインになりすぎたというか。敵がそういう部分を利用する、というのはよくありますし、ぜんぜんオッケーなんですが、何かさじ加減が違う感じが拭えませんでした。スパイ映画としての外骨格になるストーリーが内臓で構成されていた、みたいな違和感でした。冷戦構造がなくなったなかでMI6のスパイを主人公に、という縛りがありましたから、そういう工夫で乗り越えたのかな、という風に冷めてしまって。部分部分では楽しめたんですけど。今はまたいろいろと緊張した構造はありますから、また別の角度のスパイものはあり得るかも……でもあまりリアルを取り込むのは別の意味でデリケートな問題ありだし、制作時と公開時では確実に状況が変わってしまうだろうし、そのために架空のスペクターっていうクッションがあるんだし、そもそもボンドだし……ああ、ボンドに深入りすると話がずれてしまうので、ここでやめときますね。(笑)

「東風」は、イギリスでは冷たい、病気を運んでくるような不吉なイメージなんだそうで、日本とは違うんですね。以前(シーズン3のあと)にポンチ絵を描いたので、箸休めにちょっと掘り出します。日本で「東風」と聞くとこれが出てくる方多いんじゃないでしょうか。



…日本での東風のイメージは「春が来たことを告げる暖かい風」、ですよね。(個人的には、さだまさしさんの『飛梅』っていう歌の歌詞とセットの記憶です。「東風(ひがしかぜ)吹けば / 東風(こち)吹かば君は / どこかで思い起こしてくれるだろうか」と現代語訳と並べた歌詞で。思えば面白い使い方でしたね)

*      *      *

…外骨格と内臓の比喩は、シャーロックでも使えるかもしれません。探偵として事件を解決する部分が外骨格で、シャーロック自身、ジョン自身のストーリー(メアリーや親族を含む)が内臓。両方が密接に絡むところが面白さでもあるシリーズですが、主人公に脅威を与える対象(外骨格の悪役)が親族になってしまうと内臓だらけになってしまわないかしらん? でもまた、「前話の最後で匂わせたものは引っ掛け」でまったく別の角度で進むのかもしれないし。

あ、引っ掛けといえば前回の「地獄に落ちろ、シャーロック」!なるほど、きれいに引っ掛かりました!(笑) 訳すの難しそう、とも思いました。同じ言葉("Go to hell, Sherlock.")でも文脈で日本語のニュアンスがかなり変わってしまうんですね。引っ掛けとしては「地獄に落ちろ」くらいのニュアンスにとってほしいし、全体通すと「地獄に落ちて」「地獄に落ちるのよ」みたいなニュアンスだし(あ、でもメアリーは女言葉使わないか)……「落ちろ」がメアリーの普段の言葉遣いと違うので違和感があり、そこがよけいに「作り物では」という感じを醸すには貢献していたんですが、日本語のニュアンスの幅が大きくて、ちょっと不自然にもなってしまいました。掛け言葉とか多いシリーズで翻訳大変そうですよね。あとからほじるほうはただ楽しいだけですけど……。

今回の『伏せる探偵』も、原題を見たら"The Lying Detective"で、Lyingが「嘘をつく」と「横になる」のかけ言葉。まさに臥せりながら嘘をついてたわけですね。一言でそれを掛ける日本語って思いつかな……いや、ちょっと待って。ああそうか、もしかして 事実を「伏せる」?(ほんとに今初めて気が付きました!A-HA体験!)いやいや、最初はピンとこなかったです。工夫されてたんですね……。

……ちょっと考えたんですが、もしシャーロックが(メアリーのメッセージによってではなく)自力で「ジョンはこうでもしないと救いの手を受け入れない」ことを理解して今回のような行動をしたとしたら……かなり身勝手な「ジョン取り戻し作戦」にしか見えなくなってしまいますね。原作のホームズさんとか以前のシャーロックならその線もありそうな気がしますが、メアリーの死を絡めるとちょっと無理。このシーズンのシャーロックは少し違うし。(これが成長なのかしら?)

…なんらかの形で「メアリーの退場とジョンとシャーロックのもと通り感」までこぎつける、という縛りで考えると、あのメアリーのメッセージという仕掛けと(まだ「じつは裏にモリちゃんがらみのアレが」的なのを期待してはいるんですが(笑))この原作を持ってきたというのは、やはりすごい工夫だなあ、と思います。(でも縛りがだんだん多くなってきて大変そう!いや、楽しいか!(笑))

気になっていた「シェリンフォード」という言葉が出てきていないし(このために、あの「きょうだい」は引っ掛けなんじゃ、という感じも残ってしまうんですねよね……パパとママのトーンとも差がありすぎ(^^;))、裏で糸をひいてるのはじつは……的な感じを期待してしまうんですが、この番組に予想は無駄かも。(笑)あの言葉がどんな使われ方になるのかも含めて、『空の霊柩車』のジョン風に「驚かせてくれ」と三話を待つことにいたします!