2016年6月28日火曜日

祝・E.H. カーせんせお誕生日❤+『危機の二十年』(とイギリスEU離脱)

何度かここでもご紹介している、今や萌え対象(断言)のイギリスの歴史家・国際政治学者(で元外交官)のエドワード・ハレット・カーせんせ。今日がお誕生日なんだそうです。1892年生まれで1982年に亡くなっているので、生誕124年祝い、としたほうが良いでしょうか。こーいうノリで扱う方ではない気もしますが(^^;)、勝手に盛り上がることにします。おめでとうございますー!

今までものすごくバイアスのかかったご紹介をしている気がするので、wikiにリンク張ります。客観的にははこういう方です。一番読まれている著書は岩波新書になっている『歴史とは何か』。「歴史とは現在と過去との果てしない対話である」というフレーズで知られている…そうです。(自分も拙訳(少し意訳)で小説のエピグラフに引用しましたが、これは有名だと知っていたからではなく、普通に読んで惹かれたフレーズだったから。あとでこのフレーズで知られてるんだと知りました。やはり誰の目にもキャッチ―なんですね…❤)

Wikipedia: E・H・カー

で、せんせの著書の一つでちまちまと読んでいた『危機の二十年――理想と現実』 (岩波文庫、原彬久 /翻訳)をお誕生日に合わせて読了して感想を書きたい、と思っていまして……さきほどギリギリで読了いたしました!(何カ月かかってるんだ私!(^^;))付箋はキリがないので途中から控えるようになりましたが、中身傍線だらけです!ここまで多いとぶっちゃけ線引いてる意味ないです!もー引用したくなるよーな文章多すぎですカーせんせ!ちっとは遠慮して下さいっ!(笑)

読了記念写真。ピカードかんちょを立たせたのは、自分が「外交・国際政治」的なものに初めて萌えを感じたのがTNGで、
カーせんせの著作に感じる興奮も自分にとってはその延長だから。…というのが言い訳です。(笑)



この本のタイトルが指すのは、1919年から1939年の二十年間(第一次と第二次の大戦の間の時期)。「リアリズム(現実主義)」「ユートピアニズム(理想主義)」という概念を使いながら、国際連盟の失敗を中心とした国際関係のあれこれを俎上に乗せています。分析に際して非常に緻密であり、辛辣な「リアリスト」の面と、展望に際して時々「ユートピアン」な面とが混ざり合っています。どちらかの視点を支持して推し進める、というのではないです。だからこそリアルだ、と感じられます。そもそもが結論など出ないトピックだとも思えます。

一方で、この方の文章って、前にも書きましたがものすごく要約しにくいんです。まとめても意味がないというか、省略できる部分がない。だからご紹介するとしたら、引用をして、「あとは原著を読んで下さい」としか言いようがない。(^^;) 『危機の二十年』はアーノルド・J・トインビー教授には解決策が書かれてないとつっこまれたそうなんですが、解決策という「結論」を書くための本ではなく、問題の構造の読み解きと切り口がメインディッシュ、という感じなんですよね。

ここでカー自身がどういう背景を持つかが大きいと思うのですが……彼は一次大戦終結後…ピッチピチの二十代…に、戦後処理が決められたパリ講和会議にイギリス派遣団の一員として随行していて、そこで外交の現場を見て「失望」しています。そこで決められた条約はドイツに対して報復的であり、国際連盟もその後あまりに「ユートピア的」な理念で失敗している。そのへんの若き日の(ばかりではない)幻滅が、この方の根底にあるように感じられます。(でも、そういう「今風のまとめ」はこの方には禁物です。というか、現実は「まとめ」られるようなものではない、ということをこの方はそのまま垂れ流した芸風(?)で、そこが読みにくくも信頼できるところなのです)

今では「ヒトラー」を単体で悪魔のごとく考えるのは「常識」になっていますが、二次大戦が起こる前はそこまで想像できなかったわけですよね。カーは当時のドイツに対してはむしろ宥和的で(のちにヒトラーの本質を見抜けなかったと認めていますが)、ドイツは一次大戦後に報復的な条件を飲まされた国だ、という考えがありました。これは当時珍しい見方ではなかったようです。この流れで見ると、ヒトラーの台頭はドイツへの無茶で報復的な戦後要求への反動、という認識からドイツ宥和策に賛同するのは理解できます。(たしか経済学者のジェフリー・サックスも、「ハイパーインフレがヒトラーの台頭を生んだことを忘れてはいけない」と書いていたと思います。だからやったことを免罪できるとかいう話ではなく、そういう要因が含まれていたと認識することが、歴史から未来への教訓になるんだと思います)

カーは外交官時代に関わったロシアへの興味からソビエトロシアの研究第一人者になり、共産主義者だと偏見を持たれつつも、実際はそうではないようで……ああ、ほんとに書いたものと同様、単純に「これ」と言いにくい人で、すごく緻密な描写をしなくちゃいけない人です。でも、人間て実はみんなそうじゃないでしょうか。

…カーの本は、要約しにくいだけでなく、先ほども書きましたが、正直読みにくいです。この本のAmazonレビューでは新訳は読みやすいと書かれてますが、論の進め方が自分の目には読みにくい。しっかり集中しないと、意味がスッと頭に入ってこないです。(私だけでしょうか。最近またワーキングメモリが弱っているし(^^;))ある意味「当たり前」とも思えることを、誤解されないように緻密に表現すると、こういう風になる……という感じです。変な例ですが、ネットの記事の書き方として推奨されるような「わかりやすさ」の対極にある気がします。でも、だからこそリアルなんです。

ネットで「わかりやすく」「まとめ」られてるようなものは、あえて意図的に編集して簡略化・極論化されたものが多いと感じます。端的に言えば、ネットの記事はヘッドラインで人目を引いて読んでもらい、多くの場合は広告を見てもらうことが目的。タダに見えるネットは、実は端から端まで商業主義の「釣り」の権化です。だから必然的にパっと見てわかることがもてはやされやすく、浅薄になりがちです。こういうものに慣れてしまうと、こういうものしか理解できない・あるいは自発的に「食いついて」理解するのが面倒になります。思考の筋肉が脆弱になるというか、操られやすくなる気がする。そういう流れはすでに出ているように思うので、日々ネットに触れていることに自分でも怖さを感じています。

ちょっと話がそれてしまいましたね。(^^;) それはそうと、イギリスがEU脱退を決めたこの時期この本を読むことは、ものすごく刺激的でした。この本が書かれた頃、EUのようなものはまだ夢物語でした。進歩はあったわけで、そのうえでの今回の状況をカーはどんなふうに分析するだろう……聞いてみたくてたまりません。

予言的とも、今の状況を見ると皮肉とも受け取れる箇所を、いくつかご紹介して締めとします。「えっ、そんな意見?」と思って読んでいると、あとで皮肉な形で扱うための前振りだったりするので、油断がなりません(笑)。(改行は読みやすさのために加えたものです)

さらに、「外国人」に関するイギリス人の心象がどれほど鮮明であるかは、一般には地理的、人種的にどれだけ自分たちと近似しているかによって変わるだろう。(…中略…)

ヨーロッパに駐在しているアメリカの新聞通信員は、事故があったときは、この事故による死者がアメリカ人なら一名、イギリス人なら五名、他のヨーロッパ人なら一〇名になった場合、それぞれ報道に値するという規則をつくったといわれている。

われわれはすべて、意識的ないし無意識的に何かこうした相対的価値基準を用いるのである。

(第3部 政治、権力、そして道義 第9章 国際政治における道義 p.313)


面倒なのは、グアテマラの権利・特権が、アメリカの権利・特権とただ相対的に――絶対的にではなく――平等であるということではなくて、グアテマラがもつ権利・特権がアメリカの善意によって初めて確保されるということである。
(同章 p.315)


自国民の利益と両立できるほどの規模で難民を引き受けるのはその国の義務ではあるが、しかし無数の外国難民に国境を開放することによって自国民の生活水準が下がるとなれば、それは一般に受け入れられる道義的責任とは言えない。(…中略…)

すなわち、国家はそのより重要な利益と深刻な矛盾をきたさない限り、この愛他的美徳を実践するべきだということである。(…中略…)

その結果、安全で豊かな国は、みずからの安全や借金支払いの問題に汲々としている国家群に比べれば、愛他的に行動する余裕があるというわけである。

こうした側面は、アメリカ人やイギリス人が通常もっている考え、すなわち自分たちの国の政策が他国の政策よりも道義において一層進歩的であるという考えの根拠となっているのである。

(同章 p.303-304)


国際的融和を求める人たちは、社会的階級間の和解プロセスをこれまである程度成功に導いてきた諸条件をみずから研究していけば、うまくいくかもしれない。

すなわち、対立の現実を素直に認めて、しかもこれを邪悪な先導者の幻想として片付けてはならない、ということである。

つまり、わずかな善意と常識があれば、それ自体を十分維持できるのだとする利益自然調和〔※支配的な者の利益=全体の利益というもっともらしい理屈〕の安易な仮説は、これを忘れ去ること、

そして道義的に望ましいものと経済的に有利なものとを同一視してはならないということ、

さらには不平等を緩和して紛争を解決するため、必要なら、経済的利益は犠牲にされなければならない、ということなのである。
(結論 第14章 新しい国際秩序への展望 p.447)


これまでの章でのべたように、犠牲を払うという動機に直接訴えればつねに失敗する、と決まっているわけではないのである。

これもまた、ある種のユートピアである。

しかしそれは、世界連邦のヴィジョンや、より完璧な国際連盟の青写真に比べて、より直接的に新しい進歩の方向を指し示している。

これら格調高い上部構造は、その基盤を探り出すのに何らかの前進があるまでは、その実現を待たなければならないのである。
(同章 p.452)



巻末の訳者解説によると、『危機の二十年』は1939年秋の第二次世界大戦勃発とほぼ同時に刊行されたとのこと。その時点でのカーせんせの思索の果実であり、もちろんその後亡くなるまで進化していくわけです。続編ともいえるらしい『平和の条件』を読んでみたいのですが絶版で、古書もマーケットプレイス等では今のところ見つけていません。市内の図書館サイトを見てみたところ、貸出中のうえにすでに予約者二人。三番目に並ぶことにして予約しました。(^^;)やはり今注目される人なのかもしれません。


2016年6月26日日曜日

無料電子書籍二冊目・フランケンシュタイン(ナショナル・シアター・ライヴ)レビュー本

母艦サイトのお土産として始めた無料電子書籍(賞味期限切れの同人コンテンツ(^^;)再利用)、2冊目を先日アップしました。今回はレビュー本です。

(この無料配信はkindle本読者様へのお礼やPRを兼ねたささやかな企画ですが、紙版(コピー誌)も出しているので、もともとネット公開のコンテンツやイベント展示がなくなって1年以上経つものなど、紙版ご購入者様に失礼がないよう基準を設けて素材を選んでいます。同人誌すべてを電子化していくものではありませんので、何卒ご了承ください。m(_ _)m )


(PC用サイトのページです。見にくかったらスミマセン)

『フランケンシュタイン』はちょうど吉祥寺で再上映も始まってるようなので、復習等にお役立ていただければ嬉しいです。


上記の公式サイトはプログラム通販もあります。初期の上映ではプログラムどころかペラ一枚すらなかったですよーん(涙)。フランケンシュタインはあとから2014年分をまとめたものに入ったみたいですね。(初期はたぶん「反響が薄ければ即撤退」みたいな様子見でそこまで投資されてなかったんでしょうね。(^^;))


ナショナル・シアター・ライヴでは、他にシェイクスピア・イヤー記念の再上映(ハムレット、コリオレイナスなど)も始まってるようです。

『ナショナル・シアター・ライブ』シェイクスピア・イヤー記念特別上映詳細決定!


関係過去記事:

フランケンシュタイン
異形の新生児と未熟な天才/ナショナル・シアター・ライヴ『フランケンシュタイン』(ベネさんヴィクターバージョン)感想
ナショナル・シアター・ライヴ『フランケンシュタイン』ベネさん怪物バージョン感想+メイキング、再上映決定ニュース
(電子書籍はこれらの記事をペースに加筆し、英語台詞引用などをまじえて資料と共にまとめたものです)

コリオレイナス
ナショナル・シアター・ライヴ『コリオレイナス』感想

2016年6月23日木曜日

『シチズンフォー スノーデンの暴露』感想+ヴィスコンティのチラシで目の保養

見たかったエドワード・スノーデン君のドキュメンタリー『シチズンフォー スノーデンの暴露』、ようやく見てまいりました! 「君」とか言ってごめんなさい。若くてかわいいものだからそんな印象になってる。(^^;)てなわけで、正直問題意識よりファンモードで見に行きました。そういう層も観客として見込まれてるんじゃないかな。私はレディースデー狙いでしたが、前売り券は「特製ポストカードつき」だったそうで。(この映画にもちらっと出てきますが、ジュリアン・アサンジさんもけっこう好き。この手のポジションに弱いらしい。お二人ともイケメンですしね(笑))

そして映画自体は、不謹慎かもしれませんが「面白かった」です。画面は動きも乏しく地味ですが、まったく退屈せず引き込まれました。宣伝に使われている大手メディアのコメントでもジョン・ル・カレジョージ・オーウェルが引き合いに出されていますが、そのノリで「抑制のきいたスパイ映画みたいな面白さ」があり、「しかもこれ現実なのよね?」という緊張感がじわじわ来ました。(もちろん、もしこれがフィクション作品だったら、ドキュメンタリータッチにしても淡泊すぎる撮り方ではあるのですが……でもあまり生々しくしないところが「スタイリッシュ」でもありました。編集が素晴らしいのでは。制作総指揮にはスティーヴン・ソダーバーグの名前もあります)


NSA(国家安全保障局)が一般人の通信を(テロ容疑者などだけでなく)無差別に傍受していた大量の証拠を、職員のスノーデン氏がリークした事件のドキュメンタリー。まだ終わっていない問題でもあります。タイトルは、映画の冒頭で引用されているテキスト(スノーデン氏からこの映画の監督ローラ・ポイトラスさんへ)の文末にあるハンドルネーム。パンフにはNSAの4人目の内部告発者という意味では、と書かれています。

リークが話題になった頃に、経過がまとめられたノンフィクション『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』と、協力者のグレン・グリーンウォルド氏が書いた『暴露:スノーデンが私に託したファイル』を買っていました。グリーンウォルド氏と共に最初から関わっているドキュメンタリー監督・ジャーナリストのローラ・ポイトラスさん(関わるというか、もともとこういったテーマで活動をなさっていて、スノーデン氏からコンタクトして協力を頼んだ)が、初対面時から撮影していたことは本でも書かれていたので、忘れかけている内容(^^;)を復習するような感覚と、「書かれていたあの時の映像がこれ」という感慨もありました。

「事件」全体の経過を、関係する状況と合わせて俯瞰するには、『スノーデンファイル』のほうがわかりやすい気がします。でもグリーンウォルド氏の『暴露 スノーデンが私に託したファイル』は当事者の生の言葉ですし、サブタイトルの通りファイルの中身そのものの紹介にかなりのページが割かれていて、まさに「一次資料」です。グリーンウォルド氏の主張もストレートに書かれています。原題の『No Place to Hide』(隠れる場所はない)には、追われる身になったスノーデン氏のイメ―ジと、私たちの行動が逐一監視されている、というイメージが重なって感じられますね。

本で読んだときも、スノーデン氏が公開されていた写真の印象より落ち着いた、大人っぽい態度なのが印象的でした。映像で見るとひときわです。気負いも緊張も感じられないし、やってることの命がけ度に比べたらむしろテンション低すぎるくらい。捕まったら刑務所行きかもしれないし、拷問もあるかもしれないし、なにより「消される」かもしれないことをしているのに。よく理解して覚悟をしていると語り、淡々として時々ユーモアさえ見せます。

本でもこんなふうに書かれています。

「スノーデン氏はきわめて知的で理性的、思考は理路整然としていた。彼の回答は明快で、説得力があった。(…中略…)私たちはオンラインのやりとりだけで相手の印象を決めつけてしまいがちだが、やはり直接会ってみなければ本当の姿はわからない」(『暴露 スノーデンが私に託したファイル』p.68-69)

最初に対面場所にした香港のホテルでは、毎晩規則正しく10時半に就寝し、7時間半ぐっすり寝ていることにグリーンウォルド氏が驚いています。(グリーンウォルド氏のほうは2時間寝るのがやっとだったそうです)でも、映画ではスノーデン氏もだんだんやつれていくのがわかります。香港を離れて亡命してからの映像では目の周り真っ黒。さすがに大変だったんでしょうね。

淡々といえば映画自体かなり淡々としていて、正直「ことの重大さ」を感じ取るのが難しかったです。というのは、「実際にNSAの活動によって被られた一般市民の被害」という映像が出てくるようなものではないから、想像力を必要とするんです。

個人の言動が記録され、プライバシーが侵害されること、監視されていると意識すれば自由な発言がしにくくなること、など。お恥ずかしいですが、自分のこの件に関する問題意識・権利意識はまだとても低いと感じました。まだそれ以前のところでじたばたしている状況、とも言えるかもしれません。本に付箋や傍線でチェックした箇所を読み返して、遅まきながら少しずつ理解を深めようとしていますが、個人的には別の問題に向かい合うことが必要だろうと思います。自分のいる環境は、当然ながらアメリカの白人男性が置かれている環境とは大きく違いますから。

…スノーデン氏は名乗り出ることは初めから計画していたそうですが、リークした人物が表に出ることで、リークの内容より告発者の人格のほうに話題が移ってしまうことが心配だと話しています。目的は情報の内容に注目してもらうことで、まったく人々の興味をひかないで終わることを恐れていたようです。でも人物から興味をもって内容のほうに進んでいく自分のようなミーハーもおりますから、そこはいろいろなんじゃないでしょうか……。

私の場合、そもそもこの件に深入りするきっかけになったのは……出来事の「映画みたい」なところとスノーデン氏のイケメンぶりもさることながら……グリーンウォルド氏の同性パートナーがヒースロー空港で拘束された、という新聞記事でした。映画でもサクッとそのシーンはあります。そうなのか、と。ああもう、我ながら腐女子ってやつはこれだから……。(すいません!(^^;)でもこういうフックも引き出しが広がるきっかけになるのですよー☆←言い訳)

それはそうと、読み直した本のほうで面白かったことの一つが、このリークがきっかけでインドやロシアの政府機関でタイプライターが復権したことです。デジタルはハッキングされるもの、という認識になったんでしょうね。

「プライバシーを気にする人たちはインターネット以前の時代に戻りつつあった。タイプライター、手書きメモ、秘密のランデブーが再流行。伝書バトの復活も時間の問題だった」(『スノーデンファイル 世界で最も追われている男の真実』p.237)

映画でもグリーンウォルド氏がスノーデン氏に手書きメモで部分的に「筆談」し、そのあとメモを細かくちぎるシーンがありました。この方向に行くと、デジタル万能よりスパイ映画の絵ヅラが作りやすくなりそうですね……。(そこか私!(^^;))


予告編




*      *      *

さて、これを見るために、ものすごく久しぶりにシネマジャック&ベティに行きました。たぶん10年以上ご無沙汰です。横浜の小さなシアターで、良質映画やレア映画をかけてくれます。先日のまったり池袋に続き、なんか回顧を通じてモードが変わりました。いや~やっぱ映画は映画館で見なくちゃ嘘だわ。ほんとに。(なかなか難しいのでDVDにはほんとに感謝ではあるのですけど)

いろいろチラシもいただいてきましたが、夏には『ヴィスコンティと美しき男たち』と題して、ルキノ・ヴィスコンティ『山猫』と『ルートヴィヒ』修復版もかかるそうで! 行きたいですー!!!
アラン・ドロンとヘルムート・バーガー。ああ。もう。




2016年6月21日火曜日

ムーパラ終了と昭和な感じでまったり♪

ムーパラ終了

日曜日はMovies Paradiseに参加させていただきました。スペースにお立ち寄りくださった皆様、ありがとうございました!

会場はすごい熱気で、少しだけ歩き回ったのですが通路はなかなか進めず。(^^;)出歩いた時間帯のせいかもしれませんが、大手さんの前だけじゃなくて全体的に混雑していた印象でした。天井が低いせいか、会場にざわめきの反響が満ちていて、お話するときに声を聞き取るのに時々苦労しました。(何年も作業時に耳栓愛用してきたせいで、ここ半年くらい外耳炎が完治しないので、そのせいで難聴気味なのかもしれません。聞き取れてないときがありましたらごめんなさい(^^;))

初売りだったThe Game本、かなりのマイナー作品ですが、さすがは洋画・海外ドラマオンリーイベント、ちゃんとファンの方はいらして、コミケよりたくさんお手に取っていただけました!無料配布二種類もかなりお連れ帰りいただけて嬉しかったです。同人イベントはJ庭以来、二次創作のイベントは冬コミ以来なので、ちょっと「いるべき場所にいる」という感慨(笑)もありました。

ついでで持ち込んだ1.5次(?)などオリジナル系も、まとめ買いしてくださった方がおられて感激でした。新設のkindleサイトのほうで知っていただいたとのことだったので、それも嬉しかったです。お楽しみいただけていますように! オリジナル系は手に取っていただくきっかけを作るのがなかなか大変ですが、地道に活動続けていこう、と(月並みですが)改めて思いました。

今回はディスプレイ用品含めてすべて宅配で搬入・搬出できて、手持ち搬入はペーパーと無料配布冊子だけだったので、カートを引かずに行けたのも「こんなにラクだとはー!」と衝撃でした。いつもは当日手持ちのコピー誌新刊があって、どうしてもカートでないと無理なので。余裕をもって準備すればいつでもこうできるんですよね。そうすれば前日に製本で徹夜なんてこともないのだわーうーん! まあそのへんは今後の課題ということで。(^^;)

今回有料の新刊はありませんが、無料配布ものを含めた通販はまた週末あたりから再開する予定です。おかげさまで在庫がなくなったコピー誌が5種類ほど増えたのですが、通販では受注生産を続けます。よろしければご利用下さいませ。m(_ _)m

SUSSANRAP 同人誌な部屋

昭和な感じでまったり

J庭や最近のムーパラなど、池袋が会場のときは、いつも駅前のタカセというレトロなベーカリーでお土産を買って帰るのが楽しみです。今回はかねがね行きたかった同店経営のレストランにも初めて行くことができ、ちまっとご褒美の食事をしてきました。同じ建物の三階なのですが、階段やエレベーターが狭いので、カート引いてる時はあきらめてたのです。で、カロリー無礼講でエビグラタンとクリームソーダをいただきました!(子供か(笑))

お店の雰囲気は飾り気があまりなく、でもやはり昭和レトロを感じる空間で、懐かしい感じがする上品なBGMもいい感じ。お料理も見た目地味ながら期待以上においしくて。エビなんかプリッとしてて、クリームソーダのアイスクリームもおいしかったです。階下のベーカリーにたしか「タカセのアイスクリーム」と書いてあったので、自社製造なんでしょうか。(昔は「アイスクリーム」自体がハレのお菓子だったんだろうなー……)

メニューには冷凍食材を使っていないと書かれてました。今どきグラタンなんて冷凍食品やコンビニ惣菜で手軽に食べられますが、まったく別物です。たしかトキワ荘系の漫画家さんだったと思うのですが(違ったらごめんなさい(^^;))、上京して初めてグラタンというものを食べて、世の中にこんなうまいものがあるのかと感動した、という話を思い出しました。グラタンと昭和もなんか脳内で結びついてます!

メニュー表紙の絵柄がなんか懐かしい感じだったのですが、裏表紙に説明があり、東郷青児さんという画家の作品でした。なんか聞いたことある。とにかく絵はいろんなところで見ている気が……。とググってみたら、まさに「昭和の美人画家」なのでした。

「東郷青児」イメージ検索結果

Wikipedia 東郷青児

時間帯が夕飯には少し早かったせいか空いていて、窓際の最高の席を占めさせていただき、のんびりと外を見下ろしながらいい時間を過ごしました。池袋はイベントでもないとなかなか行かないのですが、イベントの他では何年か前に萩尾望都先生の原画展があって、見に来た記憶があります。総じてなんとなく「漫画を描くモード」を感じる街、という印象になってるので、いろいろ思いを巡らせたひとときでありました。あの雰囲気を持ち帰ってモチベーション上がらないときのためにとっておきたい☆


お土産(これは自分用(笑))で買ってきたサバラン。
前回このお店にあるのを知ったものの売り切れだったので念願でした。
奇跡のように一つだけ残ってて嬉しい☆地元ではめっきり見なくなったんですよね。
これも昭和菓子かなー…。ブリオッシュ型でなくかなーり素朴でしたが感激です❤


タカセ公式サイト・池袋本店ページ
喫茶系のほうも行ってみたいです。ドトールがデフォルトの身にはお高いですがご褒美なら(笑)。コーヒーラウンジとか素敵そう……♪

2016年6月17日金曜日

ムーパラ無料配布予定

6/19のMovies Paradise用の、無料配布ペーパーができました。アリスさん萌えトークのつもりでしたが、『忌まわしき花嫁』レビューを書いたらけっこうかさんでしまったので(^^;)分量は2ページが花嫁、3ページがアリスさん、残りがサークルのお知らせで、綴じませんが8ページの小冊子(?)状になります。

こんな表紙です。初めて全部をClip Studio Paintで仕上げた実質練習絵です。すいません。(^^;)こんななのにえらく時間かかりましたー☆

もう一つ、イアンシリーズの短編も無料配布させていただきます。

表紙がkindle版とちょっと違います。(説明はウェブ告知用なので、実物には入っていません)

天気予報では当日は暑くなりそうで、暑さに弱い身としては少し心配です。飲み物を準備して、余裕を持って楽しく参加したいと思います。会場が池袋サンシャインなのでコミケのような極限状態にはならないと思いますが、Aホール、J庭ではけっこう暑くなることもあるんですよね。ご参加の皆さまもどうぞ万全の備えでおいで下さいませ。

スペースはう36、サークル名SUSSANRAPでお持ちしております。今回はThe Game主体なので、かなりまったり(笑)していると思います。無料品減らしにご協力いただけたら幸いです。ぜひぜひお立ち寄りください♪

その他の初売り、既刊などのお知らせはこちらです。



2016年6月11日土曜日

ムーパラ参加予定+コミケ落選

ムーパラ参加予定

母艦サイトではすでにお知らせしていましたが、来週6/19のMovies Paradise(洋画・海外ドラマオンリー同人誌イベント)に参加させていただきます。The Game本がムーパラ初売りになります。ほかに既刊でSHERLOCK、ピーター・カッシング、ホビットなどのコピー誌を持参します。
今の時点で新刊予定がしっかり立ってなくて(^^;)、とりあえず萌え返してるアリスさんネタのペーパーか、分量が多くなってしまった場合は薄いコピー誌になるかと思います。

サークルカット。ありもののコラージュですみません。(^^;)

サークルカットに書いた「ゆるくアテ書き」のイアンシリーズは、二次ともRPSとも言い難い1.5次的オリジナルで微妙なのですが、持って行きます。正直アリスさんのファンの方自体が非常に少ない(というか中の人の名前で通じる場が極端に狭い)ですし、このイベントはオリジュネを求めて行く場ではないので場違い感120%なのですが、まあそんなスタンスがうちのデフォルトなのであきらめております(^^;)。

モデルの方つながりで読んでいただけるのはもちろん嬉しいですし、加えて予備知識不要のオリジナルとして読めるものに仕上げているつもりなので、「不遇なインテリくずれのゲイの歴史ライター」とい理屈っぽいキャラ(アリスさんと違いヒゲはないほうが美人という設定ですが)を楽しんでいただける方に巡り会えれば、と祈りつつ、今回も新刊お試し短編の無料配布を行います。よかったらぜひ、お手に取ってやってくださいませ。m(_ _)m


こちらはkindle版

前回のJ庭後、読み直して「あちゃー」と思っていた部分をkindle版で改稿したので、その修正版になります。J庭で身請けしてくださった方もぜひどうぞ。(二つ並べないと気づかない箇所かもしれませんが「やっちまった」ところがあります。J庭配布版をお読みいただいてお気づきの方もおられるかと思います。直しました!(^^;))

前回申し込み損ねたので、久しぶりのムーパラです。参加ジャンルの話題はもちろん、映画全般のとりとめない話ができる貴重な場なので、通りすがりの方とのおしゃべりもいつも楽しみにしています。ぜひぜひお立ち寄りください。同人誌・kindle本含めて既刊のご感想も伺えたら嬉しいです!


持って行くおもな本の表紙と解説。クリックで拡大します。すべてコピー誌です。


pixivにもお知らせをアップしました。
6/19ムーパラカットと持参本など(う36・SUSSANRAP)

既刊で在庫のあるもの・ないものは母艦サイトでお知らせしています。書影のセルがグレーになっているものは在庫なしで、ほとんどは通販での受注生産のみ継続しています。
SUSSANRAP内同人誌な部屋(PCサイト)

コミケ落選

コミケは残念ながら抽選漏れでした。創作(JUNE・BL)での申し込みは二度目ですが、早くもこのジャンルではとれないのかしらん、とジンクスになりつつあります。(^^;)でも夏コミは体力的にきついので、ちょっとほっとしてる側面も。今取りかかってるイアンもの新作長編の資料読みもじっくり時間をかけたいので、夏まででは少し時間が足りないと思っていたところです。夏はそれに充てようと思います。あと、イベント合わせを離れた自由な絵も描きたいです。時間に追われるのでなく。(笑)…本当はイベントに関係なく新刊を作っていって、「たまたま」そのときにある本を持って行く、というのが理想なんですよね。そうできればいいのですが。

ともあれ、コミケカタログの情報はできる範囲で更新していきたいと思います。どうぞよろしくお願いします!

コミケカタログ・SUSSANRAP(要ログイン)

2016年6月7日火曜日

追悼ピーター・シェーファー

今朝のニュースでピーター・シェーファーの訃報を知りました。『アマデウス』等の作者としてはもう説明不要かと思います。個人的には、やはり何度かご紹介している”The Royal Hunt of the Sun”です。YouTubeで見た映画の切れっぱしがきっかけでしたが、その後邦訳戯曲や背景の歴史を読み、紆余曲折を経て『王殺し』という短編小説も書きました。「多大なる影響」以上です。二次ではなく自分のなかでいろんなものと入り混じって発酵した結果ですが、あれを見ていなかったら絶対こういうものは思いつきもしなかったです。(無理に言えば一.五次創作とでも言いましょうか。そんなことばかりやってる気もしますが(^^;))

"The Royal Hunt..."はインカ帝国を征服したスペインのピサロと、滅ぼされたインカ皇帝アタワルパの間に芽生える奇妙で強烈な心理的つながりを描いていて、映画で両者を演じたロバート・ショウクリストファー・プラマー、特にプラマーの艶姿には鷲づかまれたわけですが、昔イベントでお会いした史実に明るい方は「そんなことはありえない」ともおっしゃっていて、それにも同感はするのです。

以前どこかで拾った画像ですが、今ソースを見つけることができません。すみません(^^;)


ただ、そこで改めて思うのは、歴史に題材をとった創作作品は、史実をなぞって見せることが目的ではない、ということです。もちろん歴史考証は大切だと思いますが、論文とは違います。考証を見せることが目的ではなく、その出来事から描き出せる感情や人間の関係性(もちろんエロティシズムなども含めて)、視点、その他もろもろ、より普遍的なものを表現するためにその特定の題材をまとう、あるいは逆に、歴史を読み込む過程でそういう「発見」あるいは「発明」が生じるのだと思います。(今さら自分などが言うのもおこがましいかもしれません)歴史的な興味と「作品としての面白さ」を両方楽しむということでは、そもそも「歴史改変もの」というジャンルはあるのですから、それを意識して謳うか否かという違いだけかもしれない、とさえ思います。

シェーファー作品でよく知られている『アマデウス』も、最近モーツァルトとサリエリが共作した作品が見つかったりして、作品に描かれたような関係ではなかったことがわかってきたそうですね。でもあの作品の価値は損なわれないと思います。特定の史実を見せることでなく、より普遍的に「ああいう関係性」を描くことに見事に成功しているのですから。

アタワルパとピサロの関係性も、モーツァルトとサリエリの関係性も、腐女子の感性から見れば(自分にはコレから完全に自由になることは不可能です(笑))強烈に「萌える」対象です。BLでなくJUNEの世界なのですよね。こういう萌えは同性愛である必要はないというか、むしろあからさまな同性愛では描けない領域なのです。ピーター・シェーファーは、そういう、「萌えという言葉ではとても足りない強烈なもの」を描くことが、ものすごく得意だった作家さんだと思います。これから見てみたい未見作品もあり、また影響を受けていくと思います。心からご冥福をお祈りいたします。

(宣伝めいて恐縮ですが、別サイトに『王殺し』関連として"The Royal Hunt of the Sun"戯曲を含めて西洋から「蛮族」への視線を深読みしたコラムを掲載しています。ゲイアートとも絡めた萌え視点が強いノリの記事ですが、併せてお読みいただけたら嬉しいです) 
〈蛮族の王〉への視線―『ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』をめぐって―