2016年9月30日金曜日

10/2 J庭のお知らせ

直前ですが、10/2のJ庭のお知らせです。新刊がないので、無料配布のレビューペーパーを作ることにしました。製本しない小冊子みたいな感じです。表紙イラストはイアンが公園でひなたぼっこしながら秋の読書中。薄着なので暖かい日なのだと思います。(寒がりなので(笑))「帰っちゃうの?ポスター」とペーパー表紙兼用です。余裕があれば手直しするかもですが、とりあえずのお知らせです。ペーパー表紙もインクジェットですがカラーで刷るつもりです。(インクがなくならなければ…!(^^;))

この片足乗せるポーズ、モデルのジョナサン・アリスさんがよくやるので
描いてみたかったんですよね~。(笑)ちょっと角度がつきすぎましたが野望達成☆

こちらは仮に組んでみたペーパー表紙。
全体を縮小すると顔が小さくなりすぎるので、トリミングしようかなーと思ってオリマス。

中身はただいま絶賛推敲中。秋のお耽美読書におすすめの本ということで、このブログでも以前ちらりとご紹介した『クィア短編小説集』の感想文(途中ですが)と、映画を見てから軽くマイブームのサンローラン関連で『イヴ・サンローランへの手紙』レビュー(kindleサイトのブログに上げた感想の抜粋に伝記映画2本の感想を加えて再構成)の予定です。

当日の持参品はイアン・ワージングシリーズすべて(2種はお試し短編小説の無料配布)と、『王殺し』などオリジナルの在庫のあるもの。すべてコピー誌(自宅プリンタ印刷・手製本)です。紙版『追憶のシャーロック・ホームズ』(これだけオフセット❤)が少しだけ残っているので、これも持参します。

無料配布本2種と上記のペーパーを並べて置く予定ですので、無料配布だけでもお連れ帰りいただけたら嬉しいです。短編はkindleで設定可能な最低価格で配信しているものです。お足代にもなりませんが、よかったら。配置は以下の通りです。

・配置ナンバー「せ12b」
・サークル名「SUSSANRAP(サッサンラップ」

おついでがありましたらぜひお立ち寄りください。まったりとお待ちしております♪





2016年9月16日金曜日

漫勉感想メモ(池上遼一先生)+近況(J庭予定など)

漫勉感想メモ


昨夜録画した、池上遼一先生の『漫勉』を朝から視聴。いろいろ目からウロコなのでメモを。漫画絵を描く個人としてのメモなので(かつ池上漫画ファン、という立場ではないので(^^;))、あらかじめご了承下さい。


・定規でアタリ

キャラの顔の中心線を、なんと定規で引いていた。あの顔のパターン化された感じはそこから来るのか、とも思ったけれど、こうすると絵が安定するとおっしゃっていたから、意識しての、良い意味での「ワンパターン」なのだった。
自分は「フリーハンドでまっすぐな線が引けない」とか「水平や垂直がフリーハンドでうまくとれない」と自分の未熟を責めてストレスになることがある。バカみたいだったなー、と思った。あっさり定規を使えばよかったんだ。(そりゃそうだ)


・パソコンで顔を左右反転

右利きで右向きの顔がうまく描けないのはほぼ誰でも感じることだと思う。そして「それは未熟なためで、できてこそプロ」みたいなド根性要素だと思いこんでた。それがあっさりパソコンで左右反転。ベテランが。しかも画力が売りの漫画家さんが。目からウロコ。それもうまく描けないからじゃなくて、「左向きの絵に自信があるから」。この発想の転換は大事だと思った。どうも自分はウイークポイントをさらけ出さないとズルしているみたいで心地悪い、という感覚があるようで、絵に限らずあえて苦手なもの、知らないものを優先してアピールする傾向があるようだと気づいた。そうでなくて得意なもの、自分が比較的うまくできること、比較的詳しいことを優先して人様に供するというのは、考えてみれば一番のサービスなのであった。自分のなかで最上のものを出すのだから。

・色気の探求(「萌え」に逃げるな!)

男性の肉体が好き、と筋肉の色気を語る言葉はまさに萌えだ。この言葉はあえて照れ隠しに使うことも自分はあるけれど、萌えという言葉では取りこぼすものがあるのも当然ながら事実だ。端的に言えば、作る立場にいるときに言う萌えとは美と色気の追求なのだ。別に遠慮することないのだ。美男美女を描きたい、憧れを描くとはっきりおっしゃる、なんという潔さ。

・原作もの

原作ものはある意味(同人誌で言う)二次創作と同じ強味を持つんだな、と思った。幹はできてるから、その分細部にこだわる余裕ができる。というか、そこがしどころになる。原作つきマンガの場合は絵に力を注ぐことになる。分業のメリットは、少なくとも商業で量産する場合には時間との勝負なのだから、あると思う。でも自分にとって大きかったのは、原作うんぬんに関係なく「細部に力を注いでもいい」という、へんな解放感なのであった。

・斜線(?)

しゃっしゃっと線を重ねて陰影を出すペン画の手法。これはむしろ楽だと思う。もしかして、これも「自分の苦手なことを優先した」ための感覚なのだろうか。グラデーションがあるはずの影をトーンの境目できっかり、と「翻訳」する作業のほうが自分には難しい。へんな言い方だけど「これでよかったのか」、とこれも目からウロコ。自分に合ったやり方を探して実践していくのがなにより大切なんだな、と。自分はこれまでそこで遠慮しすぎ、別の言葉で言えば怠惰すぎた。ルールは別の誰かが作るもので、それに従わなくてはと思っていた。この年で今さらとは言わずに(^^;)、「自分に都合のいい手法」の探求をしなくては、と思った。



…じつは池上遼一さんのマンガはきちんと読んだことがないです。絵柄や題材も好きかというとちょっと違う。だから読んでいないのだし、ああいう絵柄で描きたいというわけでもない。でもすごく根幹のところで得るものが多かった漫勉でした。いつもながら、この番組見ると絵が描きたくなりますね。…余談ですが、この番組で「ガルパン」の意味を初めて知りました。いやー、ツイッターでよく見かけるのでなんのことかと思ってました。すっきりしたー☆(笑)

漫勉公式サイト内 池上遼一 (動画や対談の未公開部分も見られます)


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近況

春から外のバイトを始めまして、慣れるまで他のお仕事は控えていたのですが、久しぶりに翻訳のお仕事を受注させていただき、バイトと両方でだいぶ時間を割いています。J庭は新作ムリ確定です。でも最近接した耽美なものについての長めのペーパーと、過去の無料配布短編小説の再頒布…くらいは持って行きたいです。もちろん既刊も。漫勉で絵を描きたくなったので、なにか新しい絵で帰っちゃうの?ポスターも作りたいです。今回お題が学生服なので、ちょっとそちらには添えないかもですが。(笑)

イアン・ワージングものの新作長編は冬コミ合わせに変更して資料吸収を続けていましたが、ようやく話の方向今回の題材の世界観がぼんやり身についてきた感じです。これまではちょっと、「頭で考えたこと・調べたこと」を彼に押し付けている感じで、ゴツゴツしてて自然な動きが出てきてなかったんですよね。遅れているのは、クラッシュ(自主的缶詰)状態を思うように確保できてないのが大きな原因だと思います。今の時点でやっとこの状態、では冬コミも危ないかなあ……とも思いますが、見えない波に乗れてきたのは確かなので、焦らず行こうと思います。せっかくスケジュールを作品に合わせられる環境なのですし、冬コミとれるかどうかもまだわからないですし……。今回はちょっとしっとりした話になりそうな気配です。(でも想定外の動きが出たら生かしたいので、イアンをなるべく自由にさせるため予告は控えます~(笑))

kindle版電子書籍は、日本ストアの読み放題が始まってから、ホームズ系以外もお読みいただけています。ありがとうございます。普通のご購入もほとんど減っていない(もともと少ないので差が目立たない?(笑))です。読み放題で読まれたページ数に応じて報酬はあるのですが、もちろん普通の販売よりずっと低いので、もともとたくさん売れていた本だと実質の売上が減って読み放題から撤退、というケースが出ているようです。でもうちは今のところメリットばかり。読んでくださる方の幅が広がる機会になっていると感じます。ありがたいことです。(お気に召していただけた方、よかったらぜひ他の作品も覗いてやってくださいませ。m(_ _)m)

やはり日本語小説はほとんど日本ストアでお読みいただいてるのですが、先日珍しくイギリスのストアで、イアンの一作目の分冊版をお読みいただきました。イギリスが舞台のお話なので冷や汗ものですが、楽しんでいただけていればと思います。

…じつはブログ用の下書き記事が山ほどあるのですが、推敲途中で期を逸してもはやアップできないものもあります。(萩尾望都先生の展覧会の感想とか今さらですし(^^;))今日もほんとはテッド・チャンさんの先日のインタビューから、ココ数年自分も悩まされている問題に言及していたのでそのご紹介と、それにからめたアレコレを書いて推敲していたのですが、漫勉見たばかりで勢いがあるので先にアップしました。ストック記事も少しずつ仕上げて上げていきたいです~。(映画感想は書けないまま見た作品数だけ増えています~(笑))

2016年9月3日土曜日

英国俳優の海映画3本:『ブラック・シー』、『プレッシャー』、『For Those in peril』

前回長すぎて切り取った映画感想シリーズ。資料用に漁っているイギリス関係の深海もの・海洋ものから3本で、それぞれジュード・ロウマシュー・グードジョージ・マッケイ主演です。珍しく比較的新しいのばかり。特にマッケイ君の"For Those in Peril"は日本未リリースながらめっけものでした。思わずにわかファンに❤(笑)

『ブラック・シー』(2014)

ジュード・ロウ主演。役はサルベージ会社をクビになった潜水艦の操舵手で、「黒海に金塊を積んだUボートが沈んでいる」という一攫千金話に乗ります。「Uボート」「金塊」はトレジャーハントものでは人気のある組み合わせだと思いますが、ここでは冒険もののノリはありません。あくまで経済的な苦境からの行動。ロシア人を含め、喰詰め者のクルーを擁して現場に向かいますが…。クルーの対立などかなり容赦ない展開。暗いですが見応えはありました。

なにより貫録の出たジュード・ロウに刮目。もともと「顔が整ってるのはわかるけど自分好みではない」(ごめんなさい(^^;))という距離感で眺めていた俳優さんですが、労働者階級のアウトロー的キャラクターがなかなか似合っていて、自分内では株が上がりました。
(ちなみに過去に一番似合っていると思った役は『A.I.』のエスコートロボット。作品自体もう埋もれているかもですが、お見事だったと思います♪)

『プレッシャー』(2015)

こちらもイギリスの美男俳優、マシュー・グード主演。役は石油会社に雇われている職業ダイバーで、嵐で潜水鐘が海底に取り残されるサスペンス。メインキャラは三人なのですが、中に「もうすぐ父親になる若者」が混じっていることなど、『ブラック・シー』と妙に話の流れが重なります。どちらも主人公が、若者に「(父親になるのは)怖いだろう」と言い、企業が悪役。ただ、『プレッシャー』のほうは、加圧や減圧についての描写に「えっ?」というところがあり(勉強中なので気になったまでで、演出とか自分の思い違いとかあるかもしれませんが)、ちょっとそこが気が逸れました。ストーリーもわりと「そのまんま」進むので、正直見応えは劣りました。こちらも暗い映画です。

奇しくも両方美形俳優として鳴らした方が転身(?)して、こういうやりきれない物語の労働者を演じているところに、良い・悪いという話でなく、時代や時間の流れを感じた2本でありました。日本で自分が見て特に印象に残っているイメ―ジに基づいたことなので、もちろんいろんな役はなさっているのでしょうけれど。
ちょうどEU離脱なんかもあったので……映画が作られたのはその前ですけど、経済的な状況の流れが映画の企画にも影響してるんだろうなー、なんてことも頭をかすめました。「こういうキャストのこういう作品で観客が入る=共感を呼べる」という読みがあるはずですから。

…両方俳優さんの演技等は文句なしなのですが、映画としては満足度がいまいち。「こうすれば面白くなるかも」を脳内シミュレートしてみるとすごく勉強になりそうです。

『For Those in Peril』(2013)

こちらは現代のスコットランドの漁師が出てくる映画、ということで探してやっと見つけた一本。日本盤が出てないのでアマゾンUKでPAL盤を購入しました。(日本ストアにも出てますが、比べたときは送料含めてもUKのほうが安かったので(^^;))主演は最近ちょっと注目しているジョージ・マッケイ君――実話ベースの『パレードへようこそ』で80年代のゲイ・ムーブメントに参加する青年、スコットランドのミュージカル映画『サンシャイン 歌声が響く街』ではアフガニスタンでの兵役を終えて帰還した青年を演じていました。(この2本も感想書き損ねてますがよかったです!)

今回の映画は初めて漁に参加して遭難し、一人だけ生き残った青年の物語。低予算映画で、イギリスのインディペンデント・フィルム・アワードを受賞しています。

生き残りの彼が周囲から受け入れられず、彼自身は一緒に漁に出た兄の死を受け入れられない、という苦悩が、少し幻想的な描写を交えて描かれます。子供の頃に母に聞いたおとぎ話を繰り返し思い出し、兄は死んでいないという考えにとりつかれ、やがて精神のバランスを失っていきます。その過程で、生前の兄との関係も複雑なものであったことがわかっていくのですが……。

圧巻はクライマックス。一見救いのないエンディングにつながる行為なのですが、これが彼にとってはまったく別の意味を持っている、というのがわかった瞬間に、鳥肌が立つような感動がありました。ここはネタバレしちゃ台無しなので、いつか日本盤が出たときのために書きません。が、ラストはじつに独創的です。かつそれまでのトーンとのつながりが難しくもあります。こういう手法は好きで自分でも時々やりますが、難しいです(^^;)。映画のメジャー系作品だったら、この終わり方は受け入れられないかもしれないです。独立系ならでは、と言えるかもしれません。

「血なまぐさいシーンやきつい言葉遣い」があるため18歳以上向け、となっています。(マッケイ君はそこそこ脱いでますが、特にエロティックではありません)自分にとってはこんなリサーチをしなければ絶対見なかった一本なので、幸運な出会いでした。漁のシーンはないですが、そういうのはドキュメンタリーがたくさんありますので……むしろ陸地でのシーンや風景が貴重でした。内容的にはこの題材からの予想を覆す独創的なものだったので、賛否両論は予想されますが、日本でも字幕入りソフトが出てほしい。マッケイ君の人気が上がれば将来あるかも、と希望を持っておきます。

タイトルの『For Those in Peril』は、直訳すると「命の危険にさらされている者たちのために」。海軍やその他、海で亡くなった人のお葬式などで歌われる賛美歌の一節だそうで、他でもタイトル等に引用されているようです。作中では主人公の兄のお葬式のシーンでこの讃美歌が歌われます。英語版wikipediaによると、海軍出身のアメリカ大統領のお葬式などでも演奏されてきたそうで、歌のタイトルはいろんなバージョンがあるとのこと。歌詞は海難からの守護を神に願う内容です。映画のテーマはもろにそこではありませんが、自然を前にしてひたすら無力である人間、という立場を改めて認識させてくれる歌でした。科学技術の進歩で大きく変わってきていますが、漁師さんや海で働く人たちはそういう場所が仕事場なんだな、と、頭でなく心で感じることができました。

インディペンデント系作品で応援したい気持ちもあるので、予告編を貼らせていただきます。マッケイ君は熱演で、彼のファンの方は見て損はないのでは、と思います。マッケイ君て顔のタイプが誰かに似てるとつねづね思ってたんですが……あ、佐々木蔵之介さんだ!(…似てません?(笑))



2016年9月2日金曜日

「ヴィスコンティと美しき男たち」: 『山猫』(1963)


久しぶりに映画の感想を。あちこち話が飛んだすえ、果てはバート・ランカスター萌え話というまとまりのなさですが、ご了承くださいマセ。

『山猫』(1963)

だいぶ時間が経ってしまいましたが、以前ここのブログにも書いたルキノ・ヴィスコンティ監督映画のリバイバル上映「ヴィスコンティと美しき男たち」、8月初旬に未見だった『山猫』を見てきました。(『ルートヴィヒ』と共に全国巡回してるらしいので、公式リンクをあとに貼りますね♪)

イタリア貴族の没落していく状況を描いた作品で、ポスター等で「アラン・ドロンが片目を黒い眼帯(?)で粋に隠したキメポーズ」をよく目にしていたのですが、『ルートヴィヒ』と比べるとマイナーなのかレンタルでも見かけず、なんとなく縁がないままだった一本です。ようやく見られました!

フタをあけてみるとドロンがあの姿で出ているのはほんの少しでしたが、それにしても生き生きとした青年貴族でした! 激動の時代にせっそーなく立場を変え(笑)、見事に世渡りしていきます。見る前は「ドロンが貴族?」といぶかしんでいましたが、なるほどこういう役なら似合うなー、と思いました。

そして主演はバート・ランカスター。身分は公爵で、アラン・ドロンはその甥です。…ちなみにドロンの役名はタンクレディ言ったら負けですがやっぱ日本の語感ではヘンな名前。文字で見ると特に。(それを言ったら「ドロン」だって充分ヘンだ。慣れとは恐ろしい(笑)。そういえば昔『タンクガール』って映画が……って横道自粛!(^^;))

とにかく、見に行った動機はゆるくアラン・ドロンだったのですが、すっかりランカスターにもってかれました! 没落しつつも時代の流れをなんとか乗りきっていく初老のイタリア貴族、という役です。時代背景は19世紀後半。1860年にシチリア王国を滅ぼした反乱からイタリア統一に向かっていく、まさに激動の時代……ですね。(詳しくないのでおーざっぱですいません)個人的には根っから庶民なので(笑)貴族に感情移入はしにくいんですが、もっと一般化して「時代が移り、自分がなじんでいた文化が過去のものになってしまった」という思いを抱くことは、誰にでもあると思います。もちろん自分もあります。公爵はそういう意味で、広く共感を呼ぶと思います。そして現実的な「長」であること――家長でも社長でも何でもいいんですが――その厳しさ・悲哀をひしひしと感じました。

過渡期の旧世代ということで言えば、消えていく様を描くパターンもありますよね。その時代には異質な過去の遺物となって消えて(消されて)いくような。ちょうどこれを見たすぐあとに、そういう例の『パットン大戦車軍団』をちらっと再見したので好対照だと思ったのですが……パットン将軍は生まれや世代というより個性が強烈なのですが、自分の価値観に堂々と固執する姿は、『山猫』の公爵とはまさに対照的という気がします。

でも、現実には「そこから続く」苦しみがけっこう長い。時代遅れになった老将軍は華々しく散ったりはしないもの。老兵は死なず、消えゆくまでの時間がまた別の試練です。(前述のパットンの例で言うと、同じジョージ・C・スコット主演で晩年のパットンを描いた『パットン将軍最後の日々』というテレビ映画があります。『…大戦車軍団』に較べると地味ですが、パットンの「消えるまでの時期」を描いていて、史実を知らなかったので衝撃でした)

『山猫』の公爵の場合は、少なくとも表向きは世をすねもせず、変化をすべて受け入れ、うまく一族を存続させ、甥の変わり身の早さも現実的な取柄として評価・支援し、自分のやるべきことを粛々とこなします。おかげで醜態をさらすことなく、破滅することも免れている「成功者」なのですが、芯にあるものは変えようがなく……内面で格闘しているのですよね。「一抹の寂しさ」なんて言葉では足りない、内面的な慟哭を抱えていることが終盤描かれます。いろんな立場でその身に共感できるのではと思います……「わかってしまっている」やりきれなさ。

バート・ランカスターはこの映画の頃まだ50歳位で、まったく老いてはいないのですが、老けづくりで演じていました。とはいえ、もともと肉体派のランカスター、見事な裸体をさらす入浴シーンもありました。正直目の保養です。(笑)でもここに象徴されるように、むしろ「枯れきってない」ゆえの煩悶がテーマかもと思えます。…ともあれヴィスコンティ監督、腐女子と利害一致でサービスのツボを心得てらっしゃいます。ありがたや。m(_ _)m

タイトルの意味も気になっていたのですが……もとのイタリア語タイトルは"Il Gattopardo"で、画像検索すると豹っぽい点々柄のネコ科動物が出てきます。英語タイトルは"The Leopard"で、こちらははっきりと豹。でも辞書を引くと、豹に似たネコ科の動物全般も表すそうです。どちらも日本語の「山猫」から自分が抱いたイメージとはちょっと違いました。

映画のなかでは(自分たちはかつて)山猫だった、獅子だった」というランカスターの台詞(心の声)がありました。イタリアの文化では豹・あるいは豹っぽい柄つきの大型野性ネコに気高いイメージがあるのかもしれません。見るまでは、アラン・ドロンのポスターのおかげで、彼に野性味のある猫っぽいイメージを重ねてる印象を持っていたんですが(笑)、獅子と並べているイメージなら、自分が「山猫」から連想したものより強くて大きくて孤高なイメージですね。「ヤマネコ」という言葉からは、もう少し小型でしなやかで狡猾な印象を受けますから、自分の脳内ではやはりバート・ランカスターよりアラン・ドロンのイメージに近いです。(日本公開時の戦略もあったのかな???)

…英語で「レパード(豹)」というと、「豹は体の模様を変えられない」(The leopard can't change its spots.)という言い回しがあります。(個人的には、たまたま『モーリス』で主人公の台詞として知ったもので、印象に残っています)そこから想像すると、「元々の性質は変えられない」という意味から、主人公の「表面上は時代に適応しながら内面に抱える葛藤」のイメージにつながる気がします。聖書由来だそうなので、たぶんイタリア語でも同じ言い回しが通用すると思うんですが……どうでしょう。(思い付きからの連想なのでぜんぜん違うかもしれませんが、こういうことアレコレ考えるのって楽しいんですよね!(笑))…いずれにせよ、動物のイメージは文化により違うので、特にキリスト教文化を根っこで共有していない日本では、一言でイメージを表現するのは難しそうですね。

…あ、そうそう! 忘れるところでしたが、ガリバルディ軍の将軍役でジュリアーノ・ジェンマもちらっと顔を見せてました! マカロニ・ウエスタンのイメージしかなかったのでびっくり! ヴィスコンティ映画に出ていたとわ☆ なんかジェームズ・フランコに似て見えたんですよ……軍服姿に「そっち系の色気」があって。なるほどなー、ヴィスコンティのお眼鏡にかなったか……なんて納得したりして(笑)。今ならそういう人気が出た方だったかもしれないなー、なんてヨコシマなことを思いました。(いや、いつもヨコシマだらけの鑑賞なのですが(^^;))

バート・ランカスター出演作では、同じヴィスコンティ監督の『家族の肖像』が好きなのですが、似たような立ち位置のキャラクターで、より「枯れた」教授役でした。『ルートヴィヒ』主演のヘルムート・バーガーに翻弄される役で、いろいろと萌えます❤

『山猫』のちょっと前に、たまたま『ローカル・ヒーロー/夢に生きた男』(主演ではありませんが、大企業の天文好きな社長役。ラブリーです♪)を見まして、いもづるでいろいろ見たくなったんですが、未見作品(のはず!)で探した『泳ぐひと』はレンタルがなく見られませんでした。残念です。うちにある出演作というと『大空港』『カサンドラ・クロス』といった、70年代頃のオールスターパニック映画くらいだと思いますが、「危機管理にあたるトップの立場」という意味では、『山猫』の役と共通項がないこともない……かもしれません。貫録があるので中年期はその路線多いのかもですね。『山猫』のドロンや『カサンドラ・クロス』ジョン・フィリップ・ローのような若い美男を従えた姿も絵になるので、これまた腐女子の琴線に響くのでありました♪(笑)

…比較的若い頃のランカスターには、なんとなくタフな肉体派のイメージを持っていたのですが、プロフィールを見てみたらもともとアクロバットをやっていたそうです。なるほど納得です。波打ち際のラブシーンが有名な『地上(ここ)より永遠に』、それに『ヴェラクルス』のガンマンも印象的でした……いずれも記憶が薄れているので再見してみたいです。意識して追いかけたことはありませんでしたが、出演作が多いので漁りだすと切りがなさそうな俳優さんですね。(笑)ちまちま攻略したいです。

余談ですが、昔「ザクト」っていうタバコのヤニ取り用歯みがき粉の広告で、白い歯を見せてニッと笑っている男性のイラストが使われてた記憶があるんですが……あれって『ヴェラクルス』のバート・ランカスターのイメージっぽくありませんでした? うろ覚えなんですが、今ググっても出てこないので気になってます!


…と、最後は散漫なランカスター萌え話になってしまいました。失礼しました!(^^;)


前述の通り、企画上映『ヴィスコンティと美しき男たち』『山猫』『ルートヴィヒ』全国巡回上映しているようです。今札幌と広島でやってるんですね。今後はわかりませんが、こちらで情報が見られます。


『ルートヴィヒ』は昔見たので今回は見送りましたが、初期公開版は(あれでも)短く編集されてたそうで、その後より長い「完全復元」バージョンができ、今回はそのデジタル修復版とのことです。そういえば、昔のはたしか表記が「ト」に濁点がつく「ルードヴィヒ」で、「神々の黄昏」ってサブタイトルがついてましたよね? 長いバージョンは「ルートヴィヒ」で、サブタイトルはつかないようです。いろいろ変遷があるんですね。(『山猫』は4Kという仕様の修復なのですが、これは劇場の設備によるので私が見た横浜では4Kではありませんでした。でも満足ですけど♪)

ともあれ、美しすぎた時代のヘルムート・バーガーが演じる狂王ルートヴィヒヨーロッパの貴族的耽美の世界がお好きな方には必見だと思います。

…たぶん、(自分を含めて)ある世代以上の耽美系アンテナを持ち合わせたお仲間には、『ベニスに死す』などと共に定番の一本だと思います。同性愛要素を美しく見せてくれる作品が少なかった頃、これらは当時の「腐女子(とういう言葉はなかったですが)的感性を持つ女の子の通過儀礼的作品」だった気もします。

これから涼しくなってくると、こういう映画をじっくり鑑賞するにも良い季節ですね。久しぶりの方も未見で気になる方も、ぜひチェックしてみてください♪(そしてこういう映画こそ、レンタル店には標準装備(?)していただきたいです! 見送った『ルートヴィヒ』をせめてレンタルで再見……と思ったらお店になくて、すごくショックだったので……)




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(以下に海映画3本の感想も書いたのですが、長くなりすぎるので切り取りました。別にアップします。映画の感想はツイッターで一言つぶやいて気が済むことが多くなり、逆に言うと記録が残らないので忘れてしまったのがかなりあります。以前はすべてサイト日記を見れば分かったのですけど……記憶力がないので自分でも不便です。(^^;)記憶をたぐって少しずつ記録したいと思いますー☆)